このホームページの内容や刑法のことなどについて質問をいただくことがあり
ますので、その中のいくつかのことについて、ここで答えていくことにします。
- サイバーネットでの犯罪 特に猥褻画像についてですが、どの判例にも「不特定多数」と言う表現があります。「特定」されていればわいせつ物陳列罪は成立しないのでしょうか? 例えば会員制のクラブで会員に対してのみわいせつ画像を見せたような場合はどうでしょうか?
→回答- 日本から海外のサーバーにホームページを開設し、そこに日本からわいせつ画像をアップロードしたような場合であっても、わいせつ図画公然陳列罪が成立するのでしょうか?
→回答- 「わいせつ」という概念は、判例ではどのように定義されているのでしょう?
→回答- そもそも「わいせつ」はなぜ処罰されるのでしょうか?
→回答- わいせつな画像データは刑法175条の「図画」にあたるのでしょうか?
→回答- マスクのかけられたわいせつ画像を見せることは、わいせつ図画公然陳列罪か?
→回答- 「大阪マスクリンク事件」と「岡山わいせつ画像事件」の相違。
→回答- 「岡山わいせつ画像事件」の特徴。
→回答- リンク行為に無罪判決(ドイツ)。
→回答- 「京都BBS事件」の判決について。
→回答- 山形県警が、海外へわいせつ画像をアップロードしていたケースを検挙しました。
→回答- 警察庁が、インターネットのアダルト画像を取締まる風営法の改正案を発表しました。
→回答↑TOP == 公然性について == わいせつ物陳列罪は「公然」となされることが必要です。「公然」とは、以前の(戦前の)判例では、「不特定かつ多数」と解釈されていたこともありましたが、現在では「不特定又は多数」と解釈されています。この違いはお分かりになるでしょうか? 「不特定かつ多数」は、「d」 ですね。「不特定又は多数」は、「b+c+d」 です。つまり、特定されていても「多数」であれば「公然」となるわけです。なお、多数と少数の限界ですが、判例では数人(5〜6人)を超えると「多数」とされているようです。したがって、たとえ会員制であっても、数人を超える人数に対してわいせつ図画を陳列すれば、刑法175条は成立します。 なお、蛇足ながら、「特定」というのは相対的なものですから、線の引きかたによって具体的な数はかなり違ってきますね。たとえば、日本人の中で「大阪に住居を有する者」というのは「特定」されていますが、だからといって「大阪に住居を有する者」だけを10万人ほど集めてわいせつ物を陳列しても犯罪とはならないというのは明らかにおかしな解釈ですね。
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↑TOP == 海外へのわいせつ情報 ==
強姦罪や強制わいせつ罪などについては、日本国民が外国で犯した場合であっても、国民の国外犯としてその者に日本の刑法を適用して処罰することができますが(刑法3条)、わいせつ図画公然陳列罪(刑法175条)は国民の国外犯とはされていませんので、日本国民によって海外で行われたわいせつ図画の公然陳列については少なくとも日本の刑法は適用できません。したがって、海外在住の日本国民が海外でホームページを開設した場合は、そのホームページが日本語で運用されているなど、明らかに日本のユーザーのみを対象としている場合であっても、それを処罰することは難しいでしょう。ところが、警察は、日本から海外のサーバーにホームページを開設し、日本からわいせつ画像をアップロードしていたケースについて、刑法175条が適用できるとの解釈から、実際に検挙しました(朝日新聞1997年2月11日朝刊)。本件では、警察は犯罪行為の一部が日本国内で行われたと考えたようです。しかし、今回のケースについては、さまざまな点が問題となります(AERAの1997年3月3日号に「猥褻摘発どこまで 警察庁の手探り」という記事が掲載されています)。
- 第一に、海外のわいせつ画像は自由に入手できるのに、たまたまアップロードの操作が国内であったというだけで処罰することに合理性があるのか。
- 第二に、画像を「アップロード」することと画像を「陳列」することは、厳密にいえば違います。「アップロード」自体は「陳列」の準備段階です。「陳列」とは、その画像が誰もが見ることができる「状態」にあるということです。アップロードの操作が完了してはじめて「陳列」があったと見るべきです。たとえば、ある展示ケースの中にわいせつ物を入れて展示するような場合、ケースに入れる行為は「陳列」ではなく、それが入れられた状態を「陳列」と言うべきです。
- 第三に、今回の画像が具体的にどのようなものであったのかは知りませんが、日本とアメリカではわいせつの判断基準が異なるために、今回の画像はアメリカでは全く合法的であった可能性がある。
- 第四に、「陳列された」わいせつ画像は、あくまでも海外のサーバーにあったものです。つまり、証拠は海外のサーバーであり、これを日本の刑法によって捜索押収することはできない。なお、当該行為が、「日本でも犯罪・アメリカでも犯罪」ということであれば、アメリカの捜査機関に捜査の協力を要請することはできますが、アメリカでの犯罪性について問題があれば、これも難しい。
- 第五に、この種の事件では情報の流れを解明することが重要です。ベッコアメ事件でも問題になりましたが、プロバイダやNTTなどの電気通信事業者には、自らが管理するユーザーの情報について「検閲」が禁止されていますし、偶然知った場合であっても、その情報については「守秘義務」があります。報道によりますと、警察は画像の流れを解明したとありますが、どのようにしてそれが行われたのでしょうか。
- 第六に、今後は、海外のインターネット・カジノで賭けをすることにも、犯罪行為の一部が国内であるという理由で、賭博罪が適用される可能性があります。海外旅行のついでに地元のカジノで賭博をすることは全くの自由ですが、インターネットで賭けをすることは処罰される可能性があるのです。電話や郵便で海外の宝くじを申し込むことも問題となるでしょう。
ギリシア神話に「プロクルステスのベッド」という話があります。プロクルステスが旅人を自分のベッドに無理矢理寝かせるのですが、旅人の足がベッドからはみ出ればその足を切って、短ければ旅人の身体を引き伸ばしたというのです。サイバーポルノに関する日本の刑事実務の動きを見ていると、私はいつもこの話を思い出します。 (1997年3月10日、字句・表現について若干の修正・追加)
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↑TOP == わいせつとは何か == 「わいせつ」とは、いたずらに性欲を興奮または刺激させ、かつ普通人の正常な性的羞恥心を害し、善良な性的道義観念に反するものと定義されています(最判昭和26年5月10日)。しかし、定義そのものに特定の価値判断が混入しているため、具体的に何がわいせつかは、無数の言葉を尽くしていくら詳細に説明しても不明確であることから逃れられません。 表現の自由との関連では、特に芸術作品のわいせつ性が問題となります。これについて、最高裁は、わいせつ性と芸術性は次元が異なるから、わいせつな部分があれば芸術性が高くてもわいせつである(最判昭和32年3月13日)との立場から、芸術性はわいせつ性を低下させるので、作品を全体的に判断すべきである(最判昭和44年10月15日)との立場に変わり、現在では、作品を総合的全体的に評価して、露骨で詳細な描写が比重を占め、主として読者の好色的な興味に訴えるもののみがわいせつである(最判昭和55年11月28日)としています。ハードコアポルノのみをわいせつとする趣旨と解されますが、しかし篠山紀信や立木義浩は良くて、加納典明ならなぜダメなのか。境界のあいまいさは依然として残ります。
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↑TOP == わいせつが何故処罰されるのか ==
刑法上わいせつが問題となるのは、性的行為が公然性(公然わいせつ罪(174条)、わいせつ物頒布罪(175条))、非任意性(強制わいせつ罪(176条)、強姦罪(177条))、営利性(淫行勧誘罪(182条))を伴ったときです。強制的に行われる性的行為や営利目的で女性に性交させる行為は、被害者の性的自由の侵害と考えられますが、公然となされる性的行為がなぜ処罰されるかは難しい問題です。不特定または多くの「見たい人」に見せた場合であっても処罰されますが、それは公然たる性的行為が社会の善良な性風俗を侵害するからであるとされています。ただ、性風俗は時代によって変化するし、同時代の世代間でも著しい相違をみせることがあります。風俗違反を処罰することは、近代法の大原則である法と道徳の混同であるから、公然性違反についても個人の感情に対する侵害として「見たくない人」に見せた場合のみを処罰すべきだとする主張もありますが、風俗違反の行為をすべて個人の問題に還元できるかは難しいでしょう。
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↑TOP == わいせつな画像データは刑法175条の「図画」か ==
昨日(4月28日)、海外にわいせつなホームページを開設し、わいせつな画像データを送信していた事件の第一回公判を傍聴してきました。
起訴状朗読のあと、事前に弁護側からの求釈明に対する検察側の釈明があったのですが、その中で「陳列されたわいせつ図画(物)とは何を指すのか」という質問に対して、検察官は「サーバー内のわいせつな画像データが「わいせつ図画」である」と明言しました。
従来の判例・通説は、データのような無体物はそれ自体刑法175条の「わいせつ物(図画)」には当たらないという前提で議論してきましたので、非常に意外な感じでした。こんなに正面きって、データそのものがダイレクトに「図画」であると言ってもいいのだろうか。刑法7条の2の「電磁的記録」に関する規定との関係はどうなのか。わいせつな画像データをホームページにアップロードすれば、「わいせつ図画公然陳列罪」、メールで不特定多数に送信すれば「わいせつ図画頒布罪」、有料で送れば「わいせつ図画販売罪」・・・・。類推解釈ではないでしょうか。
以上の点については、私の「インターネットとわいせつ情報」(こちらをクリック)という論文に詳しく書いています。(1997年6月6日修正)
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↑TOP == マスクのかけられたわいせつ画像を見せることは、わいせつ図画公然陳列罪か? == 新聞報道によりますと、岡山県警は6月4日、画像処理ソフト「FLマスク」で修正を加えたわいせつ画像をホームページに掲載し、閲覧させていたとして、同県倉敷市のA(35)とB(24)の2人をわいせつ図画公然陳列の疑いで逮捕しました。 本件の読み方ですが、私は特に次の点が問題となると思います。
- モザイクをかけたわいせつ画像は「わいせつ図画」か。
- モザイクをかけたわいせつ画像を見せることは、わいせつ図画の「陳列」か。
● モザイクをかけたわいせつ画像は「わいせつ図画」か。
局部にモザイクをかけたからといって、そのわいせつ性が否定されるものではないことは当然です。モザイクの範囲が狭いならば、わいせつ図画と判断される可能性はありますし、性器部分が完全に隠されていたとしてもわいせつ図画と判断されることはあります(東京高裁昭和54年6月27日判決参照)。したがって、左の写真(画像1)では、「モナリザが表示されている」と言えるでしょう。岡山で検挙された事件の画像を実際に見ていませんので、何とも言えませんが、もしもその修正の範囲が狭ければ、それが「わいせつ画像」とされる可能性はあります。
また、きわめて簡単にわいせつ図画が復元できるものについても、裁判所によって、「わいせつ図画」と認定されています。判例としては、黒のマジックインキで性器部分が塗りつぶされてはいるが、シンナー等で容易にそれを消去できることを理由に「わいせつ図画」を認定した原判決を、消去が容易ではないとして破棄した、東京高裁昭和54年4月15日判決があります。 ところで、画像1と画像3の写真は、FLMASKで処理されたものです。FLMASK自体には、実はどこにもマスクの外し方は書かれていません。FLMASKを持っていても、ある程度パソコンの知識がないと、これを外すことは難しいでしょう。ですから、FLMASKの部分が容易に消去でき、元の画像が容易に復元可能かといわれれば、私はそうではないと思います。
● モザイクをかけたわいせつ画像を見せることは、わいせつ図画の「陳列」か。
左の画像(画像3)は、モナリザの絵(画像2)にFLMASKをかけたものです。問題は、はたしてこの場合に「モナリザが表示された」と言えるのかです。FLMASKを外せば、モナリザ(画像2)が出てきます。かりに、マスクを外すことが容易であれば、判例の考え方から言えば「画像3はモナリザである」といえそうです。絵の上に POST IT(容易に剥がすことのできるシール) を貼り付けているようなものです。したがって、それを除去することが容易ならば、「画像3はモナリザである」とすることはできるでしょう。しかし、問題はここからです。
判例は、単純な操作でわいせつ性が現れるものは「わいせつ図画(物)である」としていますが、「販売」や「頒布」のケースのみならず、わいせつ図画陳列の場合にも原則的に同じことが言えるのか、が問題です。つまり、画像3を販売すれば、それは「モナリザの販売」です。しかし、画像3を見せた場合には、「モナリザを見せた(陳列した)」といえるのでしょうか? マスクが容易に除去できるならば、画像3はモナリザといってもよいと思いますが、この場合はモナリザを「見せる(陳列)」という行為がまだ行われていないのではないか。画像1や画像2のようなものを見せてはじめて、「モナリザを見せた」といえるのではないでしょうか。したがって、もしも画像3のような形でわいせつ画像をホームページにアップロードした場合には、かりにその画像がわいせつ画像であるとしても、まだ(わいせつ図画の)「陳列」行為がなされてはいないのではないでしょうか? これが私の疑問です。
刑法175条は、健全な性道徳・性秩序を保護しようとしたものであるといわれます。画像3のような形で処理されたわいせつ画像を不特定多数の人に売ったり(「販売」)、配ったり(「頒布」)すれば、健全な性道徳や性秩序が乱されるかも知れませんが、画像3のようなものを不特定多数の人に見せても(「陳列」)、私は性道徳も性秩序も乱されることはないと思うのですが・・・・。 そもそも、インターネットでは、ホームページの画像データがユーザーのパソコンのキャッシュに落ちて、それが表示されるわけですから、わいせつ画像データが「頒布」された、あるいは「販売」されたと言えればいいのですが、言葉の意味からしてちょっとそれは無理です。かといって無条件にそれを「陳列」とできるのかも、上に述べたような理由から問題は残ると思います。ここにも、インターネットにおいて現行刑法の守備範囲を超えているものがあるように思われます。
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↑TOP == 「大阪FLマスクリンク事件」と「岡山わいせつ画像事件」の相違 ==
画像修正ソフト「FLMASK」を使って修正済みのわいせつ画像をホームページにアップロードしていたAとその「FLMASK」を開発し、ホームページにアップロードしていたBが、相互にメールで連絡し合って、互いのホームページに相互リンクを張っていた。この場合、Bの行為が、Aのわいせつ図画公然陳列罪の幇助に当たるとして起訴されているのが、「大阪FLマスクリンク事件」です。
他方、6月4日に岡山で、FLマスクで修正済みのわいせつ画像をホームページに掲載していたとして検挙されたのが、「岡山わいせつ画像事件」です。この岡山のホームページでもやはり、上記Bのホームページにリンクが張ってありました。しかし、今回、岡山県警はこの事件に関しては、Bに対してわいせつ図画公然陳列罪の幇助罪を適用しないこととしました(詳細については、ここをクリック −−> 毎日新聞ジャムジャム)。
この二つの事件についての大阪府警と岡山県警の態度の違いは、どうも釈然としません。報道によると、岡山のケースでは、相互にリンクを張り合うことを確認したメールがすでに消去されていて、証拠がないからというのが理由のようですが、だいたい幇助は片面的なものでも構わないというのが判例通説です(片面的幇助(へんめんてきほうじょ))。正犯(実行者)が知らない間に、その犯行を一方的に援助するという形態はあるわけで(教科書的な事例としては、空巣狙いが物色している最中に、勝手に見張りをしているような場合=窃盗の幇助罪)、連絡のメールが何も残っていないからといって、幇助が否定されることはないわけです。リンク行為が幇助ならば、わいせつ画像の存在を知りつつリンクを張ったということだけで十分なはずです。毎日新聞ジャムジャム記者の臺さんが指摘されているように、やはりリンク行為そのものが幇助行為かどうかについて、警察内部で意見の食い違いがあるようです。
そもそもリンク行為が一般的に幇助行為であるのかについては、刑法学者の間でも意見が固まっていません。幇助には物理的なもの(有形的幇助)と精神的なもの(無形的幇助)とがありますが、リンクは物理的の正犯の犯行を援助したものではありませんので、無形的幇助が問題となります。有形的幇助(殺人のナイフを貸す)ならば、犯罪とのつながりが比較的明確ですので認定しやすいのですが、無形的幇助の場合は、犯人を激励するとか助言するといった精神的な援助ですから、犯罪とのつながりが不明確な場合が多いのです。そこで、この場合は、正犯の犯行の危険性をその無形的な援助によっていっそう高めたということが必要です。FLマスクで修正されたわいせつなホームページとFLマスクのホームページに相互にリンクを張ることによって、わいせつ図画公然陳列の危険性がいっそう高まったのかが論点となります。
リンク行為の刑法的評価については、私はケースによって異なると思います。リンクは確かにインターネットでは本質的なもので、リンクなしではインターネットそのものが成立しません。その意味では、リンク行為自体はインターネットではまったく通常の行為といえるでしょう。しかし、たとえば果物ナイフの製造や販売それ自体については何ら違法性がなくても、殺人を犯そうとする者にそれを知って果物ナイフを貸すことは殺人の幇助となることも当然です。リンク行為がインターネットでは当然の行為だからという理由だけでは、わいせつ図画公然陳列の幇助を否定する根拠にはなりにくいと思います。 こんなケースではどうでしょうか? Xがわいせつな小説の前半部分を自己のホームページに掲載し、Yはその後半分をYのホームページに掲載した。そして、XとYは、相互にリンクを張っていた。この場合は、実際には分断されているわいせつな文書が、その相互リンクによって一体化されていると評価できるのではないでしょうか。したがって、この場合は、XとYとを共同正犯とすることも可能なように思います。
すると、「大阪FLマスクリンク事件」でのBはわいせつ図画公然陳列罪の幇助犯とされるのでしょうか? 私は、そうは考えません。この「質問と回答」のページで書きましたように、マスク処理された画像をホームページに掲載することについては、まだわいせつ図画の「陳列」行為がなされてはいないのです(ここをクリック)。次のようなケースを考えてみてください。Mは、特殊なインキで修正されたポルノ写真を道端に置いています(外見は普通のヌード写真)。Nは、隣でその特殊インキを除去する薬品を販売しています。この場合、Mがそのポルノ写真を「販売」や「頒布」した場合には、Nも(Mと共謀している場合には)わいせつ図画販売ないし頒布罪の共同正犯(あるいは少なくとも幇助犯)として処罰されるでしょう。しかし、単に道端にそのポルノ写真を置いただけの場合に、Mがわいせつ図画公然陳列罪とされるのかは疑問です。なぜなら、そのような外見上は普通のヌード写真自体を「見せる」だけならば、何ら健全な性道徳も性風俗も乱さないからです。したがって、Nも、Mの陳列行為がない以上、正犯の陳列行為の危険性を高めたとは言えないのです。
前に書いたことをもう一度繰り返します。 「そもそも、インターネットでは、ホームページの画像データがユーザーのパソコンのキャッシュに落ちて、それが表示されるわけですから、わいせつ画像データが「頒布」された、あるいは「販売」されたと言えればいいのですが、言葉の意味からしてちょっとそれは無理です。かといって無条件にそれを「陳列」とできるのかも、上に述べたような理由から問題は残ると思います。ここにも、インターネットにおいて現行刑法の守備範囲を超えているものがあるように思われます。」(1997年6月10日)
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↑TOP == 「岡山わいせつ画像事件」の特徴 == 報道によりますと、岡山のケースが6月24日にわいせつ図画公然陳列罪で起訴されたようです。しかも、リンク行為が直接の起訴の理由ではなく、FLMASKがインターネットで一般に知られており、これで容易にマスクが外せるから、ということが理由のようです。インターネットやBBSにはこの手のマスク処理した画像が現在でも氾濫しているので、これは大変なことになると思います。ある大手のBBSの責任者も、そのネットの中にFLMASKで処理した画像が存在することを認めています。
検察側は、FLMASK事件の正犯については、FLMASKのホームページとのリンク行為によって犯罪性を肯定し起訴したわけですが、報道によると、今回はそうではなく、マスク処理された画像そのものの犯罪性を独立に肯定している点が興味を引きます(FLMASKのホームページへのリンクはあったようですが、現実には問題とされていません)。インターネットのわいせつ画像についての警察・検察の解釈が、次第に広がってきているように思います。
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↑TOP == リンク行為に無罪判決(ドイツ) == ベルリンのティアーガルテン区裁判所(日本の簡易裁判所に当たるもの)は、1997年7月1日、インターネット上での犯罪行為を黙認した(幇助罪)として起訴されていた社会民主党(PDS)の女性政治家に対して無罪を言い渡しました。インターネットにおけるリンクが刑法上処罰されるのかというドイツ初の裁判において、検察側は3000マルクの罰金を求刑し、弁護側は、無罪を主張していました。
報道によると、彼女は、自己のホームページから極左のホームページにリンクを張っていました。そのリンク先のホームページで核廃棄物を運搬する列車に対する爆破テロが表明され、彼女はインターネット上で犯罪行為を黙認したとして起訴されました。しかし、判決によると、この爆破テロが表明される以前にすでに彼女はリンクをはっており、今回の裁判では、いったんリンクを張った以上は、そのリンク先のホームページを常に検査する義務が認められるのかどうかが中心的な争点となりました。裁判所は、リンク先のすべてのホームページに対する恒常的な検査を要求することは、著しく法的安定性を害することになる、と判断しました。
リンク行為じたいの犯罪性については、従来まったく議論されておらず、刑法学者の間でも見解が分かれます。ご承知のように、FLMASK裁判では、FLMASKのホームページからわいせつなホームページへリンクを張ったことで「わいせつ図画公然陳列罪の幇助犯」とされて起訴されているわけですが、今回のドイツの裁判では、リンクを張った後でリンク先のホームページが犯罪的となったという点で、FLMASK事件とは事情が異なります。本判決は、リンクを張った以後の管理義務を否定したものであって、妥当なものだと思います。本件でもしも刑事責任が発生するならば、検索エンジンもすべて幇助犯とされなければならないと、弁護側は主張していました。その主張は当然のことだと思いますが、犯罪的と知りながらリンクを張ることでリンク行為が犯罪性を帯びるのかという本質的な問題には、裁判所の判断は下されなかったことになります。(1997年7月7日)
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↑TOP == 「京都BBS事件」の判決について ==
京都地裁で、1997年9月24日(水)に「京都BBS事件」の判決の言渡しがありました。本件は、パソコン通信のBBSにわいせつな画像データをアップロードしていたというものですが、この種の事件としては異例ともいえる2年以上の期間が費やされました。結論は、有罪(懲役1年6月執行猶予3年)でした。この判決については、いずれ詳細に紹介し、検討を加えたいと思っていますが、とりあえず問題点と思われる点を指摘しておきたいと思います。
被告人側は、主に(1)コンピュータのハードディスクに記録された「わいせつなデータ」は刑法175条にいう「わいせつ物(図画)」ではない、(2)会員がアップロードしたわいせつなデータについては、シスオペは正犯としての責任を負わない、という2点を主張してきました。 裁判所の判断は以下のとおりです(判決文をまだ入手していませんので、メモによります)。
- 「特定のハードデスク(ママ)に記憶・蔵置された本件わいせつ画像は、確かに、そのままでは見ることはできないが、本件アルファーネットの利用者が被告人のホストコンピュータにアクセスし、右画像データをダウンロードして再生しさえすれば、容易にわいせつな画像を顕出させることができるから、本件におけるわいせつ物とは、わいせつ画像が記憶・蔵置されている特定のハードデスク(ママ)であると考えることができる。この理は、わいせつな映像が記憶されたビデオテープの場合と同じである。ただ、本件の場合には、ビデオテープの場合に比べて、そこに記憶・蔵置されたわいせつ画像を顕出させるために、より複雑な操作・機器等が必要であるという点に違いがあるに過ぎない。」
- 「被告人は、パソコンネットであるアルファーネットを開設運営し、ホストコンピュータを所有管理していたものである。右のような地位にあった被告人は、会員がわいせつ画像をハードデスク(ママ)にアップロードするのを単に黙認していたというのではなく、自ら電子掲示板に『エッチな画像をどんどん入力(アップロード)してください』と奨励するとともに、30点のわいせつ画像をアップロードした会員には2ヶ月分の会費を免除し、会員がアクセスしやすいように多数ある画像を分類するなどしたものである。被告人は、会員がアップロードした画像の内容のすべてを確認した訳ではないとしても、画像のおよその数を把握していたばかりでなく、その内容がわいせつな画像であろうとの認識を有していたものである。したがって、会員がアップロードした画像についても、被告人が正犯として刑責を負うのは明らかである。」
【第1について】
本判決は、わいせつ情報が記録されているハードディスクを「わいせつ物」と認定しました。これは、ダイヤルQ2事件で「録音再生機」が「わいせつ物」と認定されたのと同じ論理です。したがって、その意味では本判決は、従来の判例の流れの中にあります。しかし、判決も明確に認定しているように、本件のわいせつな画像データというものは、画像データを利用者がホストからダウンロード、つまり、データを自己のパソコンの中に移して初めて見ることが可能となるのです。これは、端的に言えば(刑法典が全く予定していなかった)「データの頒布(販売)」なのです。データの頒布(販売)であるものが、なぜ「陳列」と解されるのかについては、本判決は全く説明していません。
ビデオテープと同じである、と判決は述べていますが、インターネットにしろ、BBSにしろ、ビデオと同じであるといえるかはかなり疑問です。インターネットの場合は、ブラウザで「画像」として見ることができますが、特にBBSの場合は、データをデータのままでダウンロードしているわけですから、それがなぜ「陳列」といえるのかは疑問です。 たとえば、道端にポルノ写真を封筒に入れたものを多数置いて、誰でも自由に持ち帰れるようにしたとします。それを持ち帰って、家で開けてみたらポルノ写真であった。この場合は、わいせつ図画頒布罪です。本判決は、それを陳列としているわけです。
さらに、ハードディスクが「わいせつ物」であるとしますと、わいせつ画像データが「バケツリレー方式」で配信されていく、ニュース・グループの場合はどうなるのでしょうか? 本判決の論理からは、それは処罰できないように思います。
【第2について】
ここではBBSの管理責任が問題となっています。本判決は、被告人が会員にわいせつな画像データのアップロードを積極的に勧めていたという事情から、正犯としての責任を認めたものと思われ、単に管理者であるからという理由では認めてはいないと思われます。しかし、会員にアップロードを勧めたということで、なぜ管理者たる被告人が正犯となるのか(つまり、わいせつ画像を被告人自らが陳列したといえるのか)は依然として不明です。会員と被告人が共同正犯となるということならば理解できないことはないのですが、判決はその点には言及していませんし、本件では会員は一切検挙されていないのです。
以上のように、本判決には理論的な問題点は多いのですが、サイバーポルノの刑法解釈論が初めて本格的に法廷で争われた事案だけに、「FLMASK事件」など今後の同種の裁判に与える影響は決して少なくはないでしょう。
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↑TOP =アメリカのサーバーへわいせつ画像をアップロードしていたケースです= <わいせつHP>米国に開設した東京の会社役員逮捕−−山形 NIFTY-Serve毎日新聞ニュース速報より 山形県警生活安全企画課と尾花沢署は23日までに、米国にインターネットのホームページを開設して、わいせつ画像を見せていたとして、東京都世田谷区成城、会社役員、〈氏名略〉容疑者(42)を、わいせつ図画陳列の疑いで逮捕した。海外プロバイダーを利用した同様の事件は、昨年2月、大阪府警も摘発しており、2例目。 調べによると、〈氏名略〉容疑者は昨年10月中旬、国内のプロバイダーを経由して米国のプロバイダーにホームページを開設、日本人女性の裸などのわいせつなサンプル画像を掲載して会員を募り、1200〜4500円ほどの会費を納めた会員に、さらにわいせつな画像を掲載した会員用ホームページのアクセス番号を教える手口で、国内外の約600人にわいせつ画像を見せていた。 会員用の画像は数百種類用意されており、日本に比べ規制が厳しくない米国を狙ってホームページを開設したらしい。 同署がわいせつ画像についてのうわさをきっかけに捜査していた。 [1998-01-23-18:05] 【解説】
日本の刑法は、犯人の国籍を問わず日本の領土内で行われたすべての犯罪に対して刑法の適用があるとする属地主義を採用しています(刑法1条)。ただし、若干の犯罪については例外を設けており、たとえば通貨偽造罪は(犯人の国籍にかかわらず)国外で犯された場合であっても処罰可能であり(刑法2条)、日本の公務員が海外で賄賂を受け取った場合でも処罰できます(刑法4条)。性犯罪については、強姦罪や強制わいせつ罪は日本国民が海外で犯した場合にも日本の刑法を適用することができます(刑法3条)。しかし、今回問題となっているわいせつ図画公然陳列罪(刑法175条)では、外国人が海外で日本人にわいせつ図画を見せた場合はもちろんのこと、日本人が外国で日本人に対して見せた場合であっても、日本の刑法は適用できません。このように刑法は一定の地理的な基準によって、その適用範囲を決定しているのです。
今回のケースでは、警察は被疑者が行った国内からアメリカのサーバーへのアップロードを刑法175条の実行行為の一部であると判断したようです。「日本からも見ることができる」というのが逮捕の実質的な理由と思われます。しかし、かつて最高裁が、刑法175条は「わが国における健全な性風俗を維持するため、日本国内において猥せつの文書、図画などが頒布、販売され、又は公然と陳列されることを禁じようとする趣旨に出たものである」とし、海外で販売する目的で国内でわいせつ図画を所持していたケースを無罪としており(最高裁昭和52年12月22日判決)、この判決の趣旨からいえば、海外へアップロードすることが刑法175条の実行行為の一部であるとはいえないでしょう。なぜなら、わいせつ物はアメリカに置かれているからです。また、アメリカ人がアメリカでホームページに掲載したわいせつ画像については日本の刑法を適用できないのですから、今回のわいせつ画像がインターネットを通じて日本からも「見られる」ということも、処罰する理由にはなりにくい。昨年12月15日の岡山地裁判決のように、わいせつ「情報」そのものがわいせつ「物」であると解釈しても、刑法175条はわいせつ図画を公然陳列すること自体を処罰しているのであり、「実際に誰が見たのか」は犯罪成立の要件ではありません。陳列の場所は、アメリカなのです。なお、毎日新聞jamjamの記事(ここをクリック)も参照してください。(1998年1月24日)
3月20日、山形地裁は上記被告人に対して、懲役1年6月執行猶予3年の有罪判決を言渡しました。刑法理論的にも犯罪が成立するかどうか、非常に微妙なケースだけに、被告人が起訴事実を全面的に争わず、単純に有罪となったことは残念です。(毎日新聞JamJam(3月20日の記事)←非常に詳しい解説があります)(1998年3月20日追加)
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↑TOP == 警察庁 風営法改正案を発表 == 警察庁は、インターネットのアダルト画像提供する業者を「無店舗型風俗営業」とし、風営法を改正して規制する方針を固めました。インターネットのアダルト画像をめぐる具体的な法規制が打ち出されたのはわが国で初めてで、警察庁は3月上旬の国会提出を目指す模様。
法律案の概要によりますと、現行法で規制対象外だった「派遣型の性的サービス業(いわゆるファッション・ヘルス営業)」「有害ビデオ等通信販売営業」「インターネット利用の有害画像通信営業」がそれぞれ「無店舗型営業」として新たに対象に指定されました。これらの業者に対し、(1)住所地を管轄する公安委員会への届け出、(2)18歳未満を客とすることを禁止、(3)学校から一定の距離などの特定地域でのピンクビラ配布を禁止などを規定。無届けには罰則を設け、18歳未満対象の営業には、悪質な場合は営業停止などの行政処分を行うとのことです。
(法律案の概要については、ここをクリック)
(法律案が具体的に条文化された法律案要綱については、ここをクリック)
(現行の「風俗営業等の規制及び業務の適正化に関する法律」については、ここをクリック) この法案についての問題点は以下のような点にあると思われます。(1)「営業」としての上記のような行為形態が取締り対象とされたこと。したがって、営利目的を欠く場合は規制から外されています。インターネットで無料でアダルト画像をホームページに掲載した場合は、本法律では規制されません。また、もちろん外国に居住する者が海外から送信したわいせつな画像も規制対象とはなっていません。要するに、日本国内でアダルト画像で金儲けをすることがけしからんということです。
(2)規制の対象が、刑法上の「わいせつ」よりもかなり広くなっていること。警察庁の説明では、「性的好奇心をそそる」といった言葉が使用されています。これは、刑法上の「わいせつ」よりもかなり広く、また都道府県レベルの条例で規制されているいわゆる「有害図書類」よりも広い概念であると思われます。そこで、たとえば世間に出回っているヘアーヌードや水着の写真などもこれに含まれる可能性があります。芸術性の高い写真が除外されるという保証もありません。この点は、もっとも問題とすべき点のように思われます。つまり、法案は、現在印刷メディアで妥当している規制基準以上のものをインターネットに導入しようとするものであって、明らかに印刷メディアにおける表現の自由と比べてアンバランスなものとなっています。また、テレビで堂々と濃厚なラブシーンや女性の裸などが放送されている現状と比較しても、法案は、印刷メディアのみならず、放送メディアに妥当している以上の刑法的規制を打ち出しているのです。
そもそも、サイバーポルノに対する現行刑法175条の適用については、法律家の間でも罪刑法定主義の点から疑問をもつ者が少なくありません。しかし、もしもサイバーポルノについて、現行の刑法175条が問題なく適用可能であるならば、インターネットに対してわざわざ刑法的な規制対象を拡大する必要性があるのか疑問です。
(3)年少者保護の観点が打ち出されたこと。現行の刑法175条では、「わいせつ文書・図画等」であれば対象が成人であれ未成年であれ一律に禁止されます。今回の法案では、上記の営業は未成年者を対象としてはならず、また未成年者を使用してはならないとされています。この点では、未成年者に対する「有害図書類」を規制する現在の都道府県レベルの青少年保護条例などと同じ発想です。ただ、インターネットの「有害画像」については、それを見る者が未成年者かどうかをどのように確認するのかが問題です。警察庁は、「代金回収が銀行振り込みの場合、年齢を確認できる証明を送らせる」「会員制とし、登録の際に年齢を確認する」などの方法を挙げていますが、果たして実効性があるのかどうか極めて疑問です。また、近い将来、インターネットで電子マネーが普及すると、匿名での支払いが可能となるわけですから、年齢の確認はほとんど不可能に近いことになるでしょう。
(4)プロバイダーに対する規制が打ち出されたこと。プロバイダーは、上記の営業者がわいせつな映像を見せることがないように努めなければならない等とすることとする、とされています。これは、罰則のない努力目標のようなものです。しかし、これもインターネットの仕組みを考えると理解しにくいものとなっています。海外のわいせつなサイトからのデータは、必ず国内のプロバイダー経由でダウンロードされます。これは規制しようのないものです。したがって、上の意味は、国内のプロバイダーは、そのサーバーにわいせつなホームページを開設させてはならない、という趣旨だと思われます。これは、インターネットが国境のないメディアであることを考えると、あまり意味のないことのように思います。また、今までの実務の動きを考えると、海外のわいせつなホームページにリンクを張ったホームページが国内のプロバイダーのサーバーに存在することも許されないことになるでしょう。もしもそうならば、現在、雑誌の付録などで海外のアダルトなページへのリンク集がCD−ROMで配布されたりしていますが(それをクリックすると自動的にアクセス可能)、出版業者や販売店などの流通業者との比較においても、インターネット・プロバイダーに対する過剰な規制であるといわざるをえません。
(1998年2月14日)(1998年2月18日法律案の全文にリンク)(1998年3月6日の法律要綱案)
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