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大阪地方裁判所平成11年3月19日判決
平成九年(わ)第六三七号 わいせつ図画公然陳列被告事件
主 文
被告人を懲役一年六月に処する。
この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 インターネットを利用し、男女の性器や性交場面を露骨に撮影したわいせつ画像の性器部分等にマスク処理を施してこれを見えなくした画像データ一八画像分を、東京都港区****所在の株式会社****事務所に設置されたサーバーコンピューターに送信して、その記憶装置であるディスクアレイないに記憶、蔵置させていたものであるが、平成八年一一月一〇日から平成九年二月六日までの間、滋賀県****所在の自宅において、右マスクを外すことができる「エフ・エル・マスク」と称する画像処理ソフトの利用方法等に関するホームページにアクセスできるリンク情報データを右サーバーコンピューターに送信して、前記画像データとともに同コンピューターの右ディスクアレイに記憶、蔵置させ、被告人開設のホームページにアクセスした不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右各画像データを受信して、マスク処理ソフトを用いてマスクを外して、性器部分が露わになったわいせつ画像を復元閲覧することが可能な状況を設定し、
第二 平成八年一一月二四日から平成九年二月六日までの間、前記自宅において、インターネットを利用し、男女の性器や性交場面を露骨に撮影したわいせつ画像データ合計一〇二画像分を、順次、レンタルサーバー会社であるアメリカ合衆国カリフォルニア州サンタモニカ****所在のU管理に係るサーバーコンピューターに送信し、同コンピューターの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶、蔵置させ、被告人開設のホームページにアクセスして会員登録した日本国内の不特定多数のインターネット利用者が、電話回線を使用し、右各画像データを受信してわいせつ画像を再生閲覧することが可能な状況を設定し、
もって、それぞれわいせつな図画を公然と陳列したものである。
(証拠の標目)
〈省略〉
(法令の適用)
被告人の判示各行為は、いずれも刑法一七五条前段に該当するところ、各所定刑中いずれも懲役刑を選択し、以上は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役一年六月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判が確定した日から三年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(争点に対する判断)
一 弁護人は、次のとおり主張して、被告人の無罪を主張している。
1 第一の公訴事実について
(一) 被告人ら(ママ)がサーバーコンピューターのディスクアレイに記憶、蔵置させた画像は、いずれも画像処理ソフトによるマスク処理が施され、性器等の部分が見えない状態にされていたのであるから、わいせつ性はない。
(二) わいせつ画像データを記憶、蔵置させたサーバーコンピューターのディスクアレイ自体は、刑法一七五条所定のわいせつ図画公然陳列罪(以下、「本件の罪」という。)における「わいせつ図画」に当たらない。
(三)被告人がプロバイダーのサーバーコンピューターにわいせつ画像データ又はマスク処理ソフトの利用、入手に係るホームページとのリンク情報とマスク処理を施してわいせつ性を隠蔽させた画像データを送信し、同コンピューターのディスクアレイに記憶、蔵置させた行為は、本件の罪の成立要件である「公然陳列」に当たらない。
2 第二の公訴事実について、右1(ニ)及び(三)に加え、
(一) 被告人がわいせつ画像データを記憶、蔵置させたサーバーコンピューターのディスクアレイの所在場所は日本国外であるから、国外犯処罰規定のない刑法一七五条を適用することはできない。
(二) 被告人がわいせつ画像データを記憶、蔵置させたサーバーコンピューターの所在場所の特定の証明が不十分である。
そこで、右の点について、関係証拠により認められる事実を前提として以下順次検討する。
二 右1(一)について
わいせつな画像の一部にマスク処理が施されていても、それが容易に除去できて、わいせつ性が顕現するものであれば、マスク処理をした画像自体のわいせつ性は、何ら否定されない。本件においては、被告人が送信して記憶、蔵置させた各サンプル画像データは、画像処理ソフトにより、一部にマスク処理が施されており、これをそのままパソコンの画面に再生してもわいせつ画像ということはできないが、「エフ・エル・マスク」ソフトを用いて右マスクを外せば、男女の性器や性交の場面が露骨に撮影されたわいせつな画像となるものである。そこで、以下、本件につき、この点について検討を加えることとする。
まず、被告人は、被告人が作成したホームページである「あまちゅあふぉとぎゃらりー」(以下、「本件ホームページ」という。)上においては、明示的にマスクが外せる画像であるとは表示していないものの、本件ホームページは「総合画像マスクツールFLMASKサポートホームページ」(以下、「エフ・エル・マスクサポートホームページ」という。)とリンクされ、相互に容易に移動することができる構成となっており、また、エフ・エル・マスクサポートホームページにおいては、その「関連リンク」のページにおいて、エフ・エル・マスクソフトでマスク処理が施された画像のあるホームページとして本件ホームページを紹介していたのであるから、本件ホームページにアクセスした者は、エフ・エル・マスクソフトを用いれば、サンプル画像のマスク処理を除去することができることを、容易に察知することができたものである。
次に、エフ・エル・マスクソフトを用いて、サンプル画像のマスクを除去してわいせつな画像を復元するためには、アーカイブ形式のエフ・エル・マスクソフトをダウンロードしてこれを解凍し、自己のパソコンにインストールした上で、ダウンロードしたサンプル画像をエフ・エル・マスクソフトを用いてマスク処理を外すとの各操作を必要とする。そこで、以下、右各操作について具体的に検討する。
まず、本件ホームページにアクセスした者が初めてエフ・エル・マスクソフトをダウンロードするためには、本件ホームページからエフ・エル・マスクサポートホームページに移動することが必要であるところ、平成八年一一月一〇日以降の本件ホームページの構成をみると、エフ・エル・マスクサポートホームページは相互にリンクされ、本件ホームページのリンク情報の中に下線を付して「マスクソフト」と明示し、「これは有名なマスクソフトです。但しシェアウェアです。」と記載して、右「マスクソフト」部分をクリックすれば、直ちにエフエ・エル・マスクサポートホームページに移動することができる画面構成となっていた。一方、エフ・エル・マスクサポートホームページにおいては、「FLMASKのダウンロード」のボタン部分をクリックすれば、「Download FLMASK」ページに移動し、右ページのダウンロード欄の「このサイトから」というボタン部分をクリックすればエフ・エル・マスクのダウンロード手続が開始され、保存先を指定して実行しさえすればエフ・エル・マスクソフトのダウンロードが完了する。
そして、同ページに記載されている「インストールの方法」に従ってダウンロードしたファイルをクリックし、再度インストール先を指定して実行すると、自動実行ファイルである右アーカイブは自動的に解凍され、インストールされることになる。
次に、エフ・エル・マスクソフトを用いてサンプル画像のマスクを外す方法をみると、まず、インターネットのソフトを用いて本件ホームページにアクセスし、サンプル画像のデータファイルを自己のパソコンにダウンロードして記憶させた後、エフ・エル・マスクソフトを立ち上げ、サンプル画像ファイルをこれに読み込んでエフ・エル・マスクソフトを使用して、マスク処理された部分をマウスポイントで囲い、「Q0」等をクリックすれば、右領域指定した部分のマスクが除去され、マスク処理の外れた画像が表示されるものである。
以上の各操作は、その内容に照らし、一般的なパソコン利用者やインターネット利用者を基準とすれば、圧縮、解凍、新しいソフトのインストールの方法といった基礎的な知識があればこれを行うことができ、いずれも格別の知識や技術が要求されるものとはいえず、現に、本件ホームページの利用者らが前記のような操作を経て容易にマスク処理を除去し得た旨供述していることからみても、右各操作がさして困難なものではないことは明らかである。
以上のとおり、本件ホームページのサンプル画像にはマスク処理が施されてはいたものの、公開された本件ホームページにわざわざアクセスしてわいせつ画像を求めようとする不特定多数のインターネット利用者との関係では、容易に右マスクを除去し得たものといえるから、結局、本件ホームページに掲げられたマスク処理が施されたサンプル画像については、容易にわいせつ性を顕現できるものであったと認めることができる。
三 右1(二)の点について
本件の罪における「わいせつ図画」とは、必ずしもその物自体にわいせつ性が顕在していることを必要とするものではなく、一定の技術的操作を施すことにより、その物に潜在するわいせつ性を外部に認識できる程度に顕在化させることが比較的容易であると認められる場合には、その物は本件の罪の客体である「わいせつ図画」に該当すると解すべきであるところ、本件においては、わいせつ性の認められる画像データはサーバーコンピューターのディスクアレイ内に記憶、蔵置されていて直ちには視認できないものの、前記のとおり、インターネット利用者にとって、これを視認できるように顕在化させることは容易になし得ると認められるのであるから、右ディスクアレイを「わいせつ図画」と解するのが相当である。
四 右1(三)の点について
本件の罪につき、わいせつ図画を「公然と陳列した」というためには、わいせつ図画を不特定又は多数の者にとって観覧可能な状態に置くことで足りると解するのが相当であるところ、本件においては、被告人は、わいせつ画像データ又はマスク処理ソフトの利用、入手に係るホームページのリンク情報とマスク処理を施してわいせつ性を隠蔽させた画像データをインターネット通信のプロバイダーのサーバーコンピューターに送信して、同コンピュータのディスクアレイに記憶、蔵置させるとともに、右わいせつ画像等をダウンロードできるホームページを作成して開設したところ、さらに、他のホームページと相互にリンクさせたり、サーチエンジンに登録したりして、一般ないし多数の会員に向けて公開していたとの事情も相俟って、不特定多数のインターネット利用者が、右わいせつ画像データ等の存在を知り得、右わいせつ画像データ等に容易にアクセスしてこれをダウンロードし、自己のパソコンの画面上にて再生したり、マスクを外したりして、わいせつ画像を再生閲覧した状態が生じていたものということができるから、被告人がわいせつ画像データ等をそのダウンロードを可能とする被告人開設のホームページのあるプロバイダーのサーバーコンピューターに送信し、同コンピューターのディスクアレイに記憶、蔵置させた行為をもって、わいせつ図画を「公然と陳列した」ものと認めることができ、インターネット利用者が、本件ホームページにアクセスしてから右わいせつ画像を閲覧するに至るまでの一連の行為は、わいせつ図画の陳列行為が既に終了した後になされるもにに過ぎず、したがって、右の閲覧そのものが、利用者らのパソコンのハードディスク内に記憶、蔵置させた画像データを再生してするものであることは、本件の罪の成否に何ら影響を及ぼすものではないというべきである。 五 右2(一)の点について 一般に、我が国の刑法の場所的適用範囲については、犯罪構成要件の実行行為の一部が日本国内で行われ、あるいは犯罪構成要件の一部である結果が日本国内で発生した場合には、我が国の刑法典を適用しうると解すべきところ、インターネット通信においては、誰でもダウンロードすることを可能とするデータを伴うホームページの開設者が自己のパソコンからそのダウンロード用のデータをプロバイダーにあてて送信すれば、たとえそれが海外のプロバイダーに対して向けられたものであっても、瞬時にそのプロバイダーのサーバーコンピューターに記憶、蔵置され、その時点からは、日本国内からでも、右データに容易にアクセスしてダウンロードすることが可能となるものであり、本件では、被告人が、日本国内からアメリカ合衆国に事務所をおくプロバイダーであるUの管理するサーバーコンピューターに会員用画像データを送信して記憶、蔵置させているが、右会員用画像データに対しては、会員となってIDとパスワードを取得しさえすれば、日本国内からでも容易にアクセスし得、右会員用画像を閲覧することができるようになっていた上、Uに開設された会員用画像データを含む会員用ホームページは、日本国内のプロバイダーに開設された本件ホームページの会員用ページとして開設されたもので、その内容は日本語で構成され、本件ホームページから直接移動できるようにリンクされており、その会員も本件ホームページで募集していたものであるから、右会員用画像データは、当初から、専ら日本国内の者が閲覧することが予定され、しかも、それが容易に可能となる措置も講じられていたものということができ、実際にも右会員用画像データにアクセスしてこれを閲覧した者の殆どは日本国内の者であったことは、被告人自身も認めているところである。 以上に鑑みると、本件において、被告人が海外プロバイダーであるUのサーバーコンピューターに会員用のわいせつ画像データを送信し、同コンピューターのディスクアレイの所在場所が日本国外であったとしても、それ自体として刑法一七五条が保護法益とする我が国の健全な性秩序ないし性風俗等を侵害する現実的、具体的危険性を有する行為であって、わいせつ図画公然陳列罪の実行行為の重要部分に他ならないといえる。したがって、被告人が右のような行為を日本国内において行ったものである以上、本件については刑法一七五条を適用することができる。 六 右2(二)の点について 本件においては、被告人の送信した会員用のわいせつ画像データが記憶、蔵置されていたUのサーバーコンピューターの所在場所は、全証拠を検討してみても明らかではない。 しかしながら、インターネット通信を利用した本件においては、被告人がUと契約してホームページを開設するとともに、わいせつ画像をそのサーバーコンピューターに向けて送信していること、Uのサーバーコンピューターに記憶、蔵置された会員用画像データについては、会員となってIDとパスワードを取得した多数の者が、これに容易にアクセスできて、右会員用画像を閲覧することができたことからすると、U管理に係る右会員用画像データが記憶、蔵置されているサーバーコンピューターのディスクアレイが現実に存在していたことは明らかであり、そうである以上、その所在場所が何処であるかは本件のごとき公然陳列の犯行形態からすると、さして重要な事実とはいえず、証拠上これが必ずしも明確に特定されているとはいえない場合でも、わいせつ図画公然陳列罪を構成する犯罪事実の特定ないし証明として不十分であるということはできない。 したがって、本件では、わいせつ図画公然陳列罪の成立が妨げられるものではない。 七 その他、弁護人の所論に鑑み検討しても、その主張はいずれも理由がないから、判示第一及び第二のとおり、いずれもわいせつ図画公然陳列罪が成立する。 (量刑の理由) 本件は、被告人が、インターネット上に開設したホームページを利用して、不特定多数の者に対して、多数のわいせつな画像の閲覧を可能にさせたという事案である。 本件は、被告人が、わいせつな画像を収集するとともに、これを多数の者にも閲覧させたいという考えから、少なくとも未必的にはその違法性を認識していたにもかかわらず、まことに安易かつ軽率に行われた犯行であって、その動機に酌量すべき点は乏しいというべきである。そして、被告人は、インターネット上に開設したホームページに、男女の性器や性交場面を露骨に撮影した極めてわいせつ性の高い画像多数を二か月以上にもわたって掲載したもので、判示第一の犯行においては、性器部分にマスク処理を施しておきながら、特定のマスクソフトをしようすれば安易にそのマスクを除去できる旨示唆した上、同時に右マスクソフトを安易に入手しうる方法を講じておき、結局、マスク処理を全く意味のないものとし、不特定多数の者にわいせつな画像を復元させて閲覧させていたもので、また、判示第二の犯行においては、日本国外ではわいせつ情報の規制が極めて不十分であることに乗じ、ことさら外国のプロバイダーを利用し、無修正の露骨なわいせつ画像を多数掲載したホームページを開設し、日本国内の不特定多数の者に有料で閲覧させていたものであって、いずれも悪質な態様の犯行であるといえる。近時、インターネットの利用が広く一般に普及し、家庭や学校での年少者の利用者も急速に増加している現況に照らすと、本件各犯行の社会的影響も看過できず、いずれも強い非難に値する事案であって、被告人の刑事責任を軽視することは許されない。 しかしながら、他方、本件各犯行当時、インターネットの普及とともに海外からの無制約なわいせつ情報の受信が事実上放置されており、本件各犯行もこのような状況に誘発された面があるといえること、判示第二の犯行によって会員から得た利益は比較的僅少であること、被告人は、自宅に所有するパソコンを処分し、また、財団法人法律扶助協会大阪支部に対して二〇万円の贖罪寄付をするなど、本件各犯行につき反省の態度を示していること、これまでに前科前歴がないことなど、被告人のために酌むべき事情も認められるので、今回は刑の執行を猶予して、社会内で自力更生の機会を与えるのが相当であると考えた(求刑−懲役一年六月)。 よって、主文のとおり判決する。 平成一一年三月一九日 大阪地方裁判所第七刑事部 裁判長裁判官 湯川哲嗣 裁判官 森岡孝介 裁判官 出口博章
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