↑index
浦和地方裁判所川越支部第一部平成11年9月8日判決(確定)
平成11年九月八日宣告
平成一一年(わ)第九三号
判 決
本籍 *****
住所 *****
甲野太郎
昭和**年**月**日生
右のものに対するわいせつ物公然陳列事件について、当裁判所は、検察官大谷貴光出席のうえ審理し、次のとおり判決する。
主 文
被告人を懲役一年六月に処する
この判決確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。
理 由
(罪となるべき事実)
被告人は、パソコン通信ネットワーク「フロンティア」を開設し、運営していたものであるが、N及びUと共謀の上、わいせつな図画を不特定多数のパソコン通信利用者に閲覧させようと企て、平成九年三月上旬ころから同年七月中旬ころまでの間、右「フロンティア」の開設場所である東京都**区***所在の**ビル三〇二号の有限会社***事務所において、同所に設置されたサーバーコンピューターの記憶装置であるハードディスク内に男女の性器及び性交場面等を露骨に撮影した画像の性器部分にネガポジ反転処理を施した画像データ合計九三画像分を記憶、蔵置させ、電話回線を使用し、右データにアクセスしてきたパソコン通信設備を有する***ら不特定多数のものに右データを送信し、その受信した右画像を画像処理ソフト等を使用すればわいせつ画像に容易に復元閲覧することが可能な状況に設定し、もって、わいせつな図画を公然と陳列したものである。
(証拠の標目)
一 被告人の当公判廷における供述
一 被告人の検察官及び司法警察員(平成十一年二月十六日付けを除くその余の九通)に対する各供述調書
一 N、Uの検察官及び司法警察員に対する各供述調書謄本
一 T、O、F、K及びMの司法警察員に対する各供述調書
一 Oの司法巡査に対する供述調書
一 司法警察員作成の捜査報告書十四通
一 司法巡査作成の捜査報告書八通
一 司法警察員作成の実況見分調書四通
一 司法巡査作成の検証調書
(争点に対する判断)
一 被告人は、本件公訴事実のうち、共犯者Uと共謀したことを争うものの、その余の事実を認め、弁護人も被告人と同様右の共謀の点を争うほか、その余の事実を認め、被告人は、顧客に対し、顧客がコンピューター等の機器を使用し、自らわいせつ画像を作成するために用いる電子データを提供したのに過ぎない、また、検察官のいう本件わいせつ画像にはネガポジ反転処理が施してあって、外形上わいせつ性が認められない、さらに、電子ネットワーク利用者等にとって、右の反転画像をわいせつ画像に復元することは一般的に容易であるとまでいえないことなどを理由として、右の反転画像は、いずれにしても刑法一七五条にいう「わいせつの図画その他の物」に該当せず、したがって、被告人は、「わいせつの図画その他の物」を陳列していない旨主張し、被告人は無罪である旨主張するので、以下、有罪と認定した理由を補足して説明する。
二 ネガポジ反転画像のわいせつ性とわいせつ物公然陳列罪の成否について
1 刑法一七五条のわいせつ物公然陳列罪の容体及びその陳列の対象となるわいせつ文書、図画、その他の物には、わいせつ雑誌や写真のようにその物の存在や記載自体から直ちに視覚によってわいせつ性が視認できるものから、未映像のわいせつ映画フィルムやわいせつの映像を収録したビデオテープなどのようにそのフィルムの現像、さらに映写機やビデオカセットレコーダー等の機器を使用し、映写や再生という一定の技術的操作を加えないとその記録された内容を認識できないものも右の図画に含まれ、必ずしもそのもの自体がわいせつな表現をしているものであって、視覚により直接これを認識し得るものに限られるわけではない(最高裁昭和五四年一一月一九日第二小法廷決定(刑集三三巻七号七五四頁)、名古屋高判昭五五年三月四日刑事第二部判決(刑裁月報一二巻三号七四頁等参照))。
2 これを本件についてみると、関係証拠によると、被告人は、本件共犯者のN(以下、「N」という。)が写真撮影したわいせつなネガフィルムを、本件共犯者のU(以下、「U」という。)において、パソコンやフィルムスキャナーを使用し、それを電子データ化し、MOディスクに保存したわいせつ画像データ(以下、本件画像データという。)をもとに、自ら男女の性器及び性交場面等を露骨に撮影した画像の性器部分等にFLマスク等を使用し、ネガポジ反転処理を加えた画像データをサーバーコンピューターの記憶装置であるハードディスク内に記憶、蔵置する一方、これらの画像をパソコン通信設備を持つパソコン通信ネットワークの会員に広く販売することを思い立ち、フロンティアを開設したこと、そして、被告人は、フロンティアの会員になった不特定多数の者(その数は多いときで七〇〇名位、本件当時で四〇〇名位という。)が所定の代金をフロンティアの銀行振込口座に振り込んだことを確認すると、右会員がパソコン機器を使用し、当然ネガポジ反転を外して閲覧することを知りながら本件画像を提供していたことが認められる。このことは被告人がフロンティアを開設した当初ころ、大手パソコン通信ネットワークのニフティーサーブ等の掲示板などに「あそこばっちり」などと書いた広告を載せ、フロンティアがいわゆるわいせつなアダルトものを売り物とするネットワークである広告を掲載して会員を募っていることなどからも明らかである。
3 右の事実に照らすと、本件では、被告人がホストコンピューターの記憶装置内に記憶、蔵置させた本件画像データを可視的にして閲覧するためにはコンピューター機器とその者のその機器操作を必要とするが、このことはわいせつな映像が収録されたビデオテープを可視化するのにビデオカセットレコーダーとその機器の操作が必要なことと比べ、より高度な技術的操作が必要とするほかは本質的には異ならないといわざるを得ない。
4 ところで、被告人がフロンティアの顧客に送信した本件画像データにはネガポジ反転処理が施されていて、わいせつ画像データそのものではないが、関係証拠によると、右のネガポジ反転処理は、本件画像の性器部分等に反対色の色を付けただけの外見上から反転部分の形状等が分かるマスク処理のうちで比較的簡単な処理方法であって、FLマスクを使用すれば勿論のこと、ウインドウズ九五のアクセサリーソフトであるペイントなどのソフトでさえ、その使い方次第では容易にマスクを外せること、また、およそパソコン通信を介し、アダルトもののパソコンネットワークにアクセスし、わいせつ画像データを購入してダウンロードする者の間にこれらの画像処理ソフトが広く普及していることは、現にフロンティアの会員が例外なくといって良いほどジーマスクなどの画像処理ソフトを使用し、反転画像をわいせつ画像に反転して閲覧していたことが認められることからも容易に窺い知ることができる。
したがって、このように本件画像データにマスク処理が施されていても容易にそのマスクを外すことができる場合はその画像はマスクがかけられていないものと同視でき、さらにその場合の容易さの基準となる者の範囲はフロンティアにアクセスしてきた者に容易か否かで判断すれば足りると解される。そのアクセスしてきた不特定多数の者において、容易にそのわいせつ性を顕在化させ得れば本条の保護法益である性的道義観念が害されるからである。
以上によれば、本件のネガポジ反転画像はわいせつ図画であると認めることが相当である。
5 さらに進んで、刑法一七五条にいうわいせつ図画の公然陳列とは、不特定または多数人に対しわいせつ図画等の内容を認識できる状態におくことと解されるから、前記二2記載の事実からは被告人の本件所為が公然陳列に当たることは明らかである。
三 Uとの共謀の有無について
関係証拠によると、被告人は、平成八年七月下旬ころ、わいせつ写真撮影担当のUからの電子メールなどで、同人が撮影したネガフィルムを電子画像に処理することができず、別にその画像処理担当者がいることを知ったこと、また、平成九年三月ころ、フロンティアの画像の流失の問題が生じた際にはNを介してUから画像にスタンプを入れることを助言され、以後その画像にスタンプを入れるようにするなどUからその後のフロンティアの運営などについて助言を受けていること、さらに被告人は、同年六月のモデル撮影会において、Uと直接会い、同人が画像の処理を担当してくれているからこそ、自己がフロンティアを運営できることをはっきり認識し、同人にフロンティアのIDカードを無料で交付していることが認められ、これらの事実に照らすと、被告人がNを介してUと暗黙のうちに本件を順次共謀の上敢行したことは証明十分である。
四 以上によれば、本件はその証明十分であって、弁護人の前記主張はいずれも採用できない。
(法令の適用)
判示所為 刑法六〇条、一七五条前段
刑の選択 懲役刑
刑の執行猶予 同法二五条一項
(量刑)
本件は、被告人がわいせつ図画を販売し、多額の利益をあげようと共犯者のNらを誘い自らパソコン通信の開設者となり、敢行した新手のわいせつ物公然陳列事案である。
営利目的の犯行で、動機に酌むべきところがなく、犯行態様もパソコン通信を利用し、その利用者多数にわいせつの程度が高い画像を有料で提供していたもので、悪質、かつ、一般予防の必要性が高いものであること、本件が、被告人が主犯格となり、約二年間に及ぶ常習的な犯行の一環となるもので、その間、約三〇〇〇万円を超える収入をあげていること、さらに被告人は、同種事案が警察に摘発され、有罪判決を受けていることを知りながら、本件を敢行し、さらにまたU方が捜索されると、サーバーコンピューターや、ハードディスク等を処分するなどの罪証隠滅工作をし、本件のわいせつ画像が記憶蔵置された物の所在が判明せず、再犯の恐れが高いことを考慮すると、被告人の刑責は重い。
他方、被告人は、捜査が進むにつれ事実を認めて、本件を一応反省していること、これまで前科前歴がなく、初めて公判請求され事案の重大性を自覚し、今後は同種事案を惹起しないことを誓っていることなど被告人のために酌むべき情状も認められるので、これらの情状をも勘案し、主文掲記の刑に処し、その刑の執行を猶予することにした。
よって、主文のとおり判決する。
平成一一年九月八日
浦和地方裁判所川越支部第一部
裁判官 榊 五十雄
↑index