大阪FLMASK事件(正犯)

事件番号 平成一〇年(わ)第六三七号 わいせつ図画公然陳列被告事件                 被告人   ****         弁   論   要   旨                    弁護人   黒田愛                   弁護人   浦田功  右の者に対する頭書事件について、弁護人の意見は次のとおりである。 第一 被告人公訴事実第一の行為は、わいせつ物公然陳列罪の構成要件には該当しない。  プロバイダーのサーバーコンピュータに画像データを送信し、同コンピュータのディスクアレイに画像データを記録・蔵置させる行為は、到底、刑法一七五条が定める「陳列」とは言えないからである。また、被告人がプロバイダーのサーバーコンピュータに送信し、同コンビュータのディスクアレイに記憶・蔵置したのは、「マスク加工をした画像のデータ」であり、わいせつ性が隠微された画像データであったからである。  次に、公訴事実第二の行為については、国内犯であるわいせつ物公然陳列罪の適用はない。実行行為そのものは、国内で行われていないからである。  また、被告人が送信した画像データは、海外のサーバーコンビュータのディスクアレイ内に記憶・蔵置されたとされているが、当公判廷において取り調べられた全ての証拠からも、当該サーバーコンビュータのディスクアレイの存在場所は全く明らかにされておらず、犯罪事実の特定性に欠ける。  以下、右の点について述べる。 第二 公訴事実第一  一 刑法一七五条の構成要件該当性について 1 「わいせつ物」又は「わいせつ図画」・・・わいせつ情報は、刑法一七五条の処罰の対象ではない。 1) 刑法一七五条は、「わいせつな文書、図画その他の物を頒布し、販売し、又は公然と陳列した者は、二年以下の懲役又は二百五十万円以下の罰金若しくは過料に処する。販売の目的でこれらの物を所持した者も、同様とする。」と定める。  同条によって法が処罰を予定しているのは、わいせつ情報そのものではなく、わいせつ情報の化体した「有体物」の頒布・販売・陳列である。この事は、「その他の物」「これらの物を所持した者」といった同条条文の文言上明らかであるだけでなく、もし、わいせつ情報それ自体が処罰の対象だとすると、刑法一七四条「公然とわいせつな行為をした者は、六月以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留もしくは科料に処する。」とする公然わいせつ罪との関係につき合理的な説明が出来なくなるという点からも明らかである。すなわち、一七五条が、一七四条と同じくわいせつ情報の有害性に着目して処罰規定を置きながら、一七四条と比べ、かなり重い法定刑を定めているのは、わいせつ情報が有体物に化体することによって初めて、反復継続的にわいせつ情報を流布し続けることになり有害性が高いと考えられたから、としか説明できない。  したがって、刑法一七五条が処罰する行為の客体「わいせつな文書、図画その他の物」は「わいせつ情報が化体した有体物」でありわいせつ情報そのものではない。 2) 本件公訴事実第一の行為についても、行為の客体は、「わいせつ情報が化体した有体物」でなければならず、当初検察官が釈明していたような「画像データがわいせつ図画」として、被告人の行為の構成要件該当性を認めることは許されない。 3) この点、検察官は、平成九年一二月一一日付釈明書において、『「わいせつな図画」とは、男女及び性器や性交場面が露骨に撮影されたわいせつ画像の性器部分に「エフ・エル・マスク」によりマスクを付した画像データと「エフ・エル・マスク」の利用方法等に関する情報データが記憶・蔵置されたサーバーコンピュータ内の記憶装置であるディスクアレイである。』と釈明直している。 4) 確かに、「わいせつ物、わいせつ図画は、わいせつ情報が化体した有体物」であるとした場合、インターネットにおいて、わいせつ物、わいせつ図画と呼べるのは、「サーバーコンピュータ内のディスク・アレイ」のみと言える。  しかしながら、ハードディスクを「わいせつ物」というのは、語感としてはなお抵抗がある。わいせつな情報も、わいせつでない情報も、ごちゃ混ぜになっているのに、わいせつな情報が記録されている箇所を特定することもできず、全体として「わいせつ物」というのであるからなおさらである。  このような「語感として抵抗のある」あてはめ解釈を余儀なくされるということ自体、法が社会の変化に対応しきれていない、適用範囲の限界を示しているものと考えられる。 5) すなわち、検察官の主張するところは、一見、何のわいせつ性も感じ取れないハードディスクのディスクアレイについて、その中に保存されている電磁的記録の一部に、わいせつな情報が含まれていることを理由に、全体として当該ディスクアレイを「わいせつ物」とするのであるが、これは、真実は、電磁的記録としてのわいせつ情報を、処罰の対象にするものに他ならない。  この点、刑法第七条の二は、『この法律において「電磁的記録」とは、電子的方式、磁気的方式その他、人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録であって、電子計算機による情報処理の用に供されるものをいう。』と規定し、電子計算機使用詐欺罪等が規定されている。しかしながら、刑法一七五条は、電磁的記録についての規定をおいていない。  このような刑法の規定全体を見たとき、同一七五条は、人の知覚によっては認識することができない方式で作られる記録=電磁的記録としてのわいせつ情報自体の拡散行為を、刑法は犯罪として処罰することを予定していない、と解釈せざるをえないのである。 2 わいせつ図画の「陳列」行為にはあたらない。 1) 次に、「陳列行為」があったといえるかについてである。 刑法一七五条は、処罰すべき行為は、「頒布」「販売」及び「陳列」、さらに「所持」については、「販売目的での所持」のみとする。「頒布目的での所持」はもちろん、「陳列目的での所持」は、いずれも処罰の対象から外されている。  したがって、たとえば、知り合いの人たちにあげようと思い、わいせつな写真をポケットの中に持っている場合や、これから上映しようと思ってわいせつなビデオを用意して持っているだけでは、これは、処罰の対象とならないのである。  ところで、本来、「わいせつ情報が化体した有体物」というのは、その場で即時にわいせつ性が認識でき、そのためには、視力・聴力といった人間の五感だけが必要とされ、それ以外には、何らの道具も装置も必要としていなかったはずである。  それが、その後、科学技術の進歩に伴い、録音テープ・ビデオといった、わいせつ情報をわいせつ情報として認識するための特別な装置を必要とする、「わいせつ情報が化体した有体物」が登場するに至った。このため、このような新しい「わいせつ情報が化体した有体物」を用いたわいせつ情報の拡散行為についても、これらを処罰対象に含ましめるため、判例・学説では、「閲覧可能な状態に置く。」という新たな概念を持ち込み、構成要件該当性を論じるようになった。   しかしながら、条文上に構成要件として定められているのは、あくまで「陳列」なのであるから、これを「閲覧可能な状態に置く。」と置き換えたとしても、わいせつ物が置かれたその場で、閲覧可能な状態でなければならない。  例えば、わいせつな人形に服を着せてガラスケースに入れて飾っていても、それはわいせつ物の「陳列」とはいえないであろう。なぜなら、それは、その場では「わいせつ物」ということがわからないからである。  2) そこで、本件の公訴事実第一記載の行為について、「陳列されたわいせつ図画・物を、その場で不特定多数の人が閲覧可能な状態に置いたと言えるかどうか。」について検討する。 i まず、インターネットにおいては、わいせつな画像のデータが、プロバイダーのサーバーコンビュータに情報として記録・蔵置されていても、このわいせつな画像を、わいせつ情報として認識するためには、ユーザー側のコンピュータを操作して、当該サーバーコンビューターに対して、ディスクアレイ内に記録・蔵置された情報を取り出し(コピーし)、ユーザー側のコンピュータへの送信を命令する、という一連の作業を行う必要がある。  そして、その送信された情報は、ユーザーの使用するパソコンの中のハードディスクに記録・蔵置され、さらに正確にいえば、パケット通信により、バラバラにされた情報が、ユーザーのパソコンのハードディスクの中で再度組み立て直しされ、ユーザーは、このユーザーのハードディスクに記録・蔵置された画像データを、ブラウザソフトを用いることにより、画面上に現れた画像として、認識することができる。  したがって、まず、右のような実体から見ると、インターネットに繋がれたコンピュータのディスクアレイにわいせつ情報が記録・蔵置されている状態は、「陳列されたわいせつ図画・物を、不特定多数の人がその場で閲覧可能な状態に置いた。」とは到底いえないということができる。  なぜなら、ユーザーがインターネットに接続して、パソコンを用いて見ている画像は、自らのパソコンのハードディスクの中に記録・蔵置された画像データが復元されたものであり、もともと、サーバーコンピュータ内に記録・蔵置された画像データそのものではないからである。 ii もともと、刑法一七五条は、 1情報の置き場所は一カ所で、これを公然と陳列することにより、わいせつ情報を不特定多数の人に伝達する形態[陳列]と、 2情報が物に化体して、物の移動とともに不特定多数の人に伝達する形態[頒布][販売]の二形態しか行為として定めていない。  それは、従来の情報伝達の方法が、一人から一人へ(例えば、電話)又は一人から多数へ(例えば、講義・放送)という形態であって、情報のみが多数者の間を行き来するという形態は存しなかったからである。  ところが、インターネットにおいては、情報は一カ所に置いてあるものの(サーバーコンピュータ内のディスクアレイ)、この情報がコピーされ、情報受領者の手元で記録・蔵置される形で、情報が伝達する。複製が出来上がり、情報そのものの数が増えるという点では、むしろ「頒布」に近いと言えよう。しかし、有体物に化体して情報が移動するのではなく、情報が、情報だけで移動するのであるから「頒布」そのものでもない。  すなわち、インターネットは、従来の情報伝達方式とは全く異なる画期的な情報伝達方法であり、このような情報の伝達形式は、「陳列」と「頒布・販売」のみを行為として規定した刑法一七五条の予想だにしなかったところなのであり、今日においても、何ら修正を加えられていないのである。 iii この点、改正風営法においては、ポルノ映像をインターネット等を用いて客に伝達する営業者に対し、「映像送信型性風俗特殊営業者」として、「陳列」ではなく、「送信」行為に対する規制を行うことを明確にしている。  3) さらに、今日のようにインターネットのネットワークが複雑に張りめぐらされていると、そこにつながっている一つのコンピューターにわいせつな情報を記録したからといって、これを探し出して閲覧することは不可能に近い。それは、あたかも、鍵のかけていないマンションの一室の壁に、わいせつな写真を張りつけたのと同じである。どこどこにそういう情報がある、ということを告知しなければ、誰も気がつかずに通り過ぎてしまうのである。  すなわち、インターネットでは、あるプロバイダーのサーバーコンピュータに、わいせつ情報を送信し、ディスクアレイに記録・蔵置せしめただけでは、到底、「不特定多数人にとって閲覧可能な状態」でさえないのである。  4) さらに、既に述べたことは、いずれも、画像にマスクを付していようがいまいが共通にいえることであるが、本件の公訴事実第一の行為については、その上に、画像にマスクを付して、ホームページに掲載していたという事例である。すなわち、プロバイダーのサーバーコンピュータのディスクアレイ内では、わいせつ性は潜在化しておらず、「潜在的わいせつ性」を帯びるに過ぎない状態であったのである。。  潜在的わいせつ性を帯びる物について、名古屋高裁昭和四一年三月一〇日判決(判例時報四四三号五八ページ)は、「未現像の映画フィルムも刑法一七五条の意図する目的に照らし、同条所定の頒布罪、販売罪、販売目的所持罪における、わいせつ図画にあたるものと解するのを相当とする。」とし、傍論ながら「未現像フィルムをもってしては公然陳列罪は成立する場合が考えられないことは、いうまでもない。」と判じている。  頒布罪においては、頒布の時点ではわいせつ性は潜在化していても頒布後にわいせつ性が顕在化することになれば、「わいせつな情報」が移動したと評価することができるから、未現像フィルムであってもわいせつ物頒布罪は成立する。  しかしながら、陳列罪においては、わいせつ性は、その場で顕在化していなければならず、そうでなければ、およそ「わいせつ物の陳列」とはいえない。例えば、わいせつな人形に服を着せ、ケースに入れた陳列するだけでは、到底「陳列」とはいえないが、この人形を、不特定多数の人に配布すれば、「頒布」になるということである。  右の場合、インターネットにおいても、同様であるはずである。陳列したその場において「わいせつ性」が顕在化していなければ、「わいせつ物・図画の陳列」とはいえない。  したがって、エフ・エル・マスクを付したわいせつな画像のデータを、プロバイダーのサーバーコンピュータの中のハードディスクに記録・蔵置させても、その場ではわいせつ性が顕在化しておらず、「わいせつ物・図画の陳列」ではない。  5) なお、検察官の提出した証拠の中には、「陰部に相当する部分を黒マジックインクで塗りつぶしている写真であっても、塗りつぶし部分を消去し画像を復元することが通常人において比較的容易な場合には、そのままの状態で刑法第一七五条のいわゆるわいせつな図画にあたる。」との判決要旨を掲げ、被告人の行為は、「マスク処理をした画像であるがわいせつ画像として判断できる。」とするものがある(平成九年一月一〇日付捜査復命書−証拠請求No2)。しかしながら、右に掲げる判決(昭和五六年一二月一七日東京高等裁判所判決)は、わいせつ物の頒布罪の事例であり、「陳列」罪に問われた事例ではない。  6) さらに、マスクを付した画像データから、マスクのない画像データを復元する作業について、検察官は、「通常人にとって比較的容易」と主張するが、決して、「通常人にとって比較的容易」なものではない。  i まず、インターネット上、エフ・エル・マスクを付した画像からこれを取り外した画像を得るためには、次のような作業が必要になる。    1 エフ・エル・マスクは、インターネットのホームページやパソコン通信のデータライブラリーにアップロードされているため、使用に際しては、まず、それを、ユーザーのパソコンにダウンロードする。    2 エフ・エル・マスクは圧縮してアップロードされているので、ユーザーはダウンロードしたものをさらに、別のソフト(LHAやPKUNZIPなどのアーカイバ)を使って、「解凍」しなければならない。    3 エフ・エル・マスクをWIMDOWSに組み込む。    4 ユーザーが、インターネットを通じて、エフ・エル・マスクでモザイクが付されたわいせつ画像が提示されているサイトにアクセスし、さらに、当該わいせつ画像ファイルにアクセスし、モニター上に表示する。    5 モニター上に表示された画像ファイルをユーザーのコンビュータに接続されたハードディスク等に保存する。    6 インターネットの接続を切り、ユーザーのコンビューターに、エフ・エル・マスクを起動させる。    7 エフ・エル・マスクに、モザイクが付されたわいせつ画像の画像データを読み込む。    8 エフ・エル・マスクのツールを用いて、モザイクの範囲を指定する。    9 特定の方式を入力してデータの置換を行い、画像処理がなされる前の画像と同一の画像データを生成し、モニター上に表示する。    右の 1〜 9のような一連の作業が必要である。 ii 右の作業の手順の多さ、複雑さからして、とても、通常人において右のような作業が容易に行えるものではない。  インターネットの経験の無いものは、たとえ右の手順を教えられても、何のことかさっぱりわからないであろう。  さらに、インターネットの経験があっても、コンビュータ上での画像処理の経験のない者にとっては、そもそも、モザイクの部分を復元することができるかどうかもわからないであろう。被告人のホームページには、どこにも、「外れます。」といったことは示唆されていないのである。 iii さらに、検察官は、「エフ・エル・マスクページと本件ホームページがリンクされており、かつ、サンプル画像にマスクがかかっていることは一目瞭然なのであるから、エフ・エル・マスクを用いればサンプル画像のマスクを外すことができることを認識することは一般通常人においても十分可能であるといえるのであって・・・」と主張するが、右の主張は到底納得しがたい。一般通常人にとっては、サンプル画像にマスクがかかっていることを認識し、さらに、エフ・エル・マスクとのリンクがあることに気付いたとしても、せいぜい、「当該マスクソフトで、サンプル画像のマスク処理をしたこと」を認識するにとどまり、そのマスクソフトを使ってマスクを付ける前の画像に復元できるとの認識は、あまり生じないと思料されるからである。  リンク先の「マスクソフト」においても、「マスクは外れる。」とか、「マスクの外し方」といった表示は一切存しない。ヘルプ機能の中にもない。検察官は、「FLMASK FAQ」というページを参考にすれば、「初めての人でもすぐ覚えられる。」というが、到底そうは思われない。けだし、右の「FLMASK FAQ」のページに出ている質問内容は次のとおりである。    ・ FLMASKが起動出来ません。どうして?    ・ 表示される文字が全然読めません。なぜですか?    ・ 保存後のファイルが大きくなるのはどうして?    ・ 起動時に「現在のグラフィック環境では動作しません」と出るのは?    ・ 登録済みFLMASKからFLMASK32へは追加料金が必要?    ・ QOマスクで逆L字型の処理の残しができてしまう・・・。    ・ オプションメニューを開くと「リソースが足りません」と出ます。    ・ 登録画面でNiftyServeへは追加料金が必要?    ・ 登録画面でNiftyServeの送金番号が認識できません。    ・ あるJPEGファイルの読出しでエラーになります。なぜですか?    ・ Mac番のFLMASKはありませんか?  右の質問とこれに対する答えからは、到底、「マスク付画像データのマスクを取り外し、元の画像を復元すること」に関するヒントとなるようなことは何一つとして書かれていない。 iv 被告人が当該ホームページを掲載した後、「禁断のインターネット2」(宝島社)等のノウハウ本に、繰り返し「マスクって外れるの知ってた?!」といった論調の記事が掲載され、マスクの外し方などが、ある程度詳しく紹介されていたのであるが、この事実は、インターネットを利用する一般的なユーザーにとって、そのような情報が情報としての価値を有していた、すなわち、マスクソフトを使ってマスクの付された画像を復元することが「誰でもすぐ気がついて、すぐ実現できてしまう。」というものではないことを明確に示している。 v なお、検察官は、「一般通常人」を基準として、マスクを付した画像のマスク部分を復元することが容易であるか否かを判断する主張のように思われるが、その一方で、「わいせつ画像等を収集しようと考えてネットサーフィンをしている者は、画像を保存する行為は何度も経験していることが普通である・・・」(論告要旨七ページ)といった、ある程度の経験と知識を有するインターネット経験者を基準にしているような記載もあり、主張が一貫していない。  以上により、被告人が本件犯罪行為をなしたとされる時点での、一般通常人を基準とした場合、マスク付き画像のマスク部分を復元してマスクのない画像を見ることは、とても「容易」とは評価できないというべきである。 3 まとめ  以上をまとめると、本件公訴事実第一記載の事実については、そもそもハードディスクのディスクアレイをわいせつ物・図画というのにも条文上解釈として抵抗があり、また、仮に、ディスクアレイがわいせつ物であるとしても、ディスクアレイが置かれたその場でわいせつ性は顕在化せず、個々のユーザーのパソコンの画面上において初めてわいせつ性が顕在化する可能性がある、というのであり、かつ、これを顕在化させるのは、行為当時の一般通常人にとって、かなり困難なことであるから、わいせつ物・図画の「陳列」行為があったとはいえない。  したがって、公訴事実第一の行為は、刑法一七五条の構成要件には該当せず、被告人の刑事責任を問うことはできない。 二 さらに、重要な点として、公訴事実第一の行為は日時を誤っているという点がある。  訴因変更後の起訴状によれば、『平成八年一一月一〇日ころから同九年二月六日ころまでの間、滋賀県**********番地の一一の自宅において、インターネットを利用し、男女の性器や性交場面を露骨に撮影したわいせつ画像の性器部分等にマスクを付した画像データ一八画像分を、右マスクを外すための「エフ・エル・マスク」と称するソフトの利用方法等に関する情報データとともに、東京都港区赤坂*****所在の株式会社****事務所に設置されたサーバーコンピュータに送信し、同コンビュータの記憶装置であるディスクアレイ内に記憶・蔵置させ・・・」とあるが、被告人が、マスクを付した画像データ(いわゆるサンプル画像のデータ)を、ホームページを開設したDTIのサーバーコンビュータに送信したのは、平成八年一〇月一三日ころから、同月二〇日までの間であり、平成八年一〇月二一日以降は画像データは送信していない(被告人質問二二、二三ページ)。  公訴事実は、明らかに、日時の特定を間違っている。 第三 公訴事実第二の行為について  一 公訴事実第二は、「同八年一一月二四日ころから同九年二月六日ころまでの間、前記自宅において、インターネットを利用し、男女の性器や性交場面を露骨に撮影したわいせつ画像データ合計一〇二画像分を、レンタルサーバー会社であるアメリカ合衆国カリフォルニア州****市二八番通り二、八〇〇番地所在の****事務所に設置されたサーバーコンピューターに送信し、」とあるが、被告人が送信した画像データなどが、どこのサーバーコンピューターに蔵置されているかは、不明である。検察官による立証もない。  わいせつ図画公然陳列罪において、わいせつ図画が陳列された場所を特定できないということは、犯罪行為の特定性を欠くものである。  二 本件を捜査した****敬警察官は、当公判廷において、「起訴状記載の住所は、サーバーコンピュータの所在地ではない。」「外国でありますので、捜査権もありませんし、実際に行って確認もできませんでした。」「それで、しておりません。」と証言し、さらに、「当時の捜査方針としては被告人に、捜査本部のコンピュータを使って向こうに一つのデータを送って、それから取り出すという作業を試みようとしておりました。向こうの外国のサーバーがダウンしてアクセスできなくなりましたので、それはできませんでした。」と証言する。さらには、「被告人が送信した記録・・・通信ログは、確か出てこなかったように思います。」と証言する。 右のような事実からすれば、本件公訴事実第二の行為については、これらの事実が存在したとの捜査・立証はほとんど行われていないと言わざるをえない。  三 仮に右の点は置くとしても、右の行為によって、わいせつ画像のデータが記憶・蔵置されたのは、日本国外(おそらくアメリカ合衆国)所在のサーバーコンピュータである。  ところで、わいせつ図画公然陳列罪は、国内犯のみ処罰される犯罪であるから、本件においても、陳列罪の実行行為が一部でも国内で行われたものかどうかが問題となる。  1 まず、画像データの送信行為そのものは、陳列罪の実行行為ではなく、実行行為の準備行為にすぎないというべきである。この理は、ある人が、A地点でわいせつな図画を陳列することを計画して、B地点からA地点まで、そのわいせつ図画を持ち運んだとしても、その運搬途中は、単なる「販売目的の所持」に過ぎず、処罰の対象から外されることからも明らかである。あくまでも、陳列罪の実行行為は、当該わいせつ図画(物)を閲覧に供している行為であり、その図画(物)の所在場所が日本国外であれば、日本国刑法の適用はないというべきである。  2 この点、検察官は、「インターネットを利用したわいせつ物公然陳列罪の実行の着手は、犯人が自己のパソコンからわいせつ画像の情報をサーバコンピュータに送信したときにあったものと認めるのが妥当である。」とするが、送信行為自体は、実行行為の準備行為である事は右に述べる通りである。  検察官自身も、公訴事実第一の行為については、画像の送信した日時からさらに一〇日以上も経過した日を実行行為の着手時期としており、「わいせつ画像の情報をサーバコンピュータに送信したときにあったものと認めるのが妥当である。」とする右の主張との整合性について、どのように説明するのか不明である。  3 また、おそらくアメリカの国内にあり、アメリカの管理会社が管理しているサーバーコンピュータに記憶・蔵置された情報の内容に対し、日本の刑法を適用し「違法」のレッテルを貼ることは、当該サーバーの管理者に対し、いかなる影響を与えるのか、様々な国から送信されてくるデータの内容について、当該送信国の法律に照らして違法でないかどうか配慮しなければならないとうのだろうか。  全世界を網の目のように張りめぐらされているインターネットにおいて、右のような取締が非現実的であることは言うまでもない。  やはり、当該サーバコンピュータの置かれた場所の国の法律のみが適用されるとするべきではないだろうか。この点については、今後、諸外国との調整により結論が出される問題であると思われる。 4 以上により、公訴事実第二の行為については、刑法の適用はなく、被告人の刑事責任を問うことはできない。 第四 その他 一 行為時における当罰感情  弁護人が冒頭陳述において述べたとおり、本件の行為が行われた平成八年当時、インターネット上のわいせつ情報の取り締まりについては、明確な指針は示されていなかった。  平成八年一二月に郵政省電気通信局から発表された「インターネット上の情報流通について−電機通信における利用環境整備に関する研究会−」においては、技術的対応、制度的対応のうちの自主的対応を紹介した後に、法的対応について次のようにコメントしている。「既に述べたとおり、アメリカでは、インターネット上の情報流通を規定する改正通信法二二三条について、二つの連邦地裁で一部の条項が違憲であるという判決があり、平成九年(一九九七年)初めから連邦最高裁の審理が開始される。我が国では、インターネット上の情報流通については、本格的議論が始まったばかりであり、今後、諸外国の動向を踏まえ、国民的な議論を深めながら慎重に検討すべきであると考える。」  さらには、平成八年四月に発表された、警察庁、情報システム安全対策研究会の「情報システムの安全対策に関する中間報告書」を見ると、次のような指摘がなされている。 「(たとえばパソコン通信を利用したわいせつ図画被告事件について)ネットワークを利用することによって認知、捜査、検挙が困難になる問題が存するが、加えて、会員=客の匿名性が高まり、特定が困難であること、少年を含む極めて広域・広範の不特定多数の者が参加しうること、特定の場所を要しないこと、痕跡の消去が容易であることなどから、現行法の適用に疑義を生じさせること、少年の健全な育成を阻害する環境が新たに生じていること等の問題がある。」  「ネットワークを利用した不正行為に対しては、上述の各種施策により対策を施すものであるが、これらの施策では必ずしも十分措置ではない不正行為の類型もあり、特に、わいせつ図画の頒布、ネットワーク上の賭博など社会問題化するおそれのある行為については、現状を把握するとともに、基本的な倫理観のかん養等も含めその対策の方向性について今後検討していくものとする。また、将来的には、電子マネー、電子小切手等による電子商取引が情報システム上のサービスとして実施され、普及していくものと考えられるが、これらのは、当該サービスを提供する情報システムのセキュリティが破られた場合に社会的な秩序に対する影響が非常に大きいという性格を有することから、適用されるセキュリティ対策や法的対応の方向性については、十分な検討を要する。ネットワーク化の進展について、いたずらにマイナス面だけを強調する必要はないが、インターネット上のポルノ画像の問題など、現実の問題が生じており、様々な立場の人々の参加を得て幅広い議論を行うとともに、当面、個別の問題点ごとに必要な諸対策の検討を進める必要があろう。」これらの指摘からは、インターネット上のポルノ画像の流通が問題視されてはいるものの、これらに対する規制、取り締まりについて、郵政省なり警察庁として確固として方針は持っておらず、国民にこれを告知しておらず、「検討課題」であるというにとどめているのである。したがって、平成八年一〇月ころ、被告人が、自らの行為は許されているのか許されていないのかを判断することは、到底不可能だったというべきである。  また、社会的にも、「マスクを付した画像なら許される。」「海外のホームページであれば許される。」と言われていた時期である。  たとえば、平成七年一二月号の「INTERNET」と題する専門雑誌には、「外国にあるサイトの開設者は日本の刑法によっては罰せられないのではないか。」との見解が述べられている。 二 被告人の行為が立件された理由  当時、同じようなわいせつな画像を掲載したホームページがたくさん存しながら、被告人のみが検挙された理由は、「エフ・エル・マスクに対する取り締まり強化のため、同ソフトを使用してホームページを作成していた被告人が「アシ」として着目され、逮捕されたのでる(大畑証人二五ページ)。被告人のやっていることが、他と比べて違法性が高いとか、非難されるべきだから、という理由ではない。  被告人は、突然の逮捕、一四日間もの拘留、起訴という経験をして、なぜ、自分がこのような経験をしなければならないのか、何が許されて何が許されないのか、本当に納得のいく理由がいまだに見つかっていない。 三 前に述べたとおり、サーバーコンピュータのディスクアレイへの画像データを記録・蔵置する行為は、「陳列」とはいえないのであ。これらの行為を取り締るには、社会の変容にあわせた立法が必要なのであり、現実に、改正風営法においては「送信」という概念で規制を行うと規定されている。新たな立法で対処すべきなのである。  被告人には、無罪が言い渡されるべきである。                              以上