アルファネット事件控訴審判決

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大阪高等裁判所第五刑事部、平成9年(う)第1052号、平成11年8月26日判決(上告)

    判    決

     本籍 **********

     住所 **********
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                      昭和**年**月**日生

 右の者に対するわいせつ物公然陳列被告事件について、平成九年九月二四日京都地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立てがあったので、当裁判所は、検察官秋本讓二出席の上審理し、次のとおり判決する。

    主    文

   本件控訴を棄却する。

    理    由

 本件控訴の趣意は、弁護人川口直也、同牧野二郎、同岡村久道、同北岡弘章連名作成の控訴趣意書に、これに対する答弁は、検察官東巖作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

 論旨は、被告人の本件所為は、わいせつ物を公然と陳列したものとはいえないのに、わいせつ物公然陳列罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適用の誤りがある、というのである(以下、「わいせつ物公然陳列罪」という場合には、文書、図画を含む広義のわいせつ物の公然陳列罪の意味で用いることとする。)。
 そこで記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討すると、原判決挙示の関係証拠によれば、被告人の原判示所為が、わいせつ物公然陳列罪に該当することは明らかであり、原判決が(争点に対する判断)の項で認定説示するところも、正当としてこれを是認することができるから、原判決に所論指摘の法令解釈適用の誤りはない。以下、所論にかんがみ、当裁判所の見解を若干付加説明することとする。

1 本件におけるわいせつ物について

 所論は、要するに、わいせつ画像データを記憶・蔵置させた被告人のコンピューターのハードディスクは、そのままでわいせつ画像が見える訳ではなく、これを見るためには、ユーザーがパソコンを起動し、通信ソフトを立ち上げ、被告人のパソコン通信サーバーにアクセスして、画像データをダウンロードし、自分のパソコンの画像閲覧ソフトを立ち上げて当該画像データファイルを読み込むなど、ユーザー側の一連の動作が不可欠であり、ダウンロードした画像データの内容は、右閲覧ソフトを立ち上げるまで明らかにならないから、本件ハードディスクは、わいせつ物に該当しないのに、これに該当するとした原判決の解釈は、刑法一七五条の許されざる類推解釈であり、罪刑法定主義を定めた憲法三一条、三九条に違反する、というのである。

 しかし、被告人のホストコンピューターのハードディスクに記憶・蔵置されたわいせつ画像データは、被告人が運営する「アルファーネット」の会員が、電話回線を通じて、パソコンによりアクセスすれば、ダウンロードすることができ、画像表示ソフトを使用して右画像データを容易にわいせつ画像として顕現させ、閲覧することができるものであり、このようなわいせつ画像データが記憶・蔵置された被告人のコンピューターのハードディスクは、刑法一七五条所定のわいせつ物に包含されるというべきである。そして、本件ハードディスクは、絵画や写真等の伝統的な図画の概念からは外れるとしても、象形的な方法でパソコン画面に容易に表示できるわ画像のデータが記憶・蔵置されていることから、規範的な意味において、同条にいう「図画」の概念に当てはまるというべきであり、ハードディスクのままでは視覚的にわいせつ画像を見ることができないことが、本件ハードディスクのわいせつ物該当性を否定すべき事由になるとはいえない。ずなわち、本件ハードディスク内のわいせつ画像データを閲覧するに当たり、所論が指摘するユーザー側の一連の行為の介在が必要なことは、わいせつな画像や音声が磁気情報として記録されたビデオテープをビデオデッキ及びテレビモニターを使用して、可視的な形ないし音声に変換して再生閲覧する場合に比して、データの抽出方法や使用機器等に差異はあるものの、これと本質的に異なるところはなく、右画像データの抽出は、基礎的な知識を有するパソコンユーザーであれば、誰でも極めて容易になしうるところであり、しかも、ユーザーが、直接閲覧するわいせつ画像は、本件の場合、ユーザー側のパソコンのハードディスクに一旦ダウンロードされ記憶された画像データに基づき、そのパソコン画面に表示されることになるとはいうものの、右ユーザー側パソコンの画像データと本件ハードディスクに記憶・蔵置された画像データとの間には、これらによって表示されるわいせつ画像につき同一性が認められるから、このようなわいせつ画像データが記憶・蔵置された本件ハードディスクが、前記ビデオテープと同様わいせつ物に該当するとした原判決の認定、判断に何ら誤りはなく、原判決のわいせつ物に間する解釈が刑法一七五条の許されざる類推解釈であって、憲法の諸規定に違反するなどとはいえない。
 また、所論は、ハードディスク内のわいせつ画像データのファイルがわいせつ物であり、それで特定することが可能であるのに、ハードディスク全体をわいせつ物と認定した原判決には、そこに蔵置されている無関係な情報をもわいせつ物とした誤りがある、という。
 しかし、ハードディスクは、それ自体で一個の完結した記憶装置であるところ、本件ハードディスクの中に、わいせつ画像データと並んでこれと無関係なデータが記憶・蔵置されており、その磁気ディスク部分をこれと無関係なデータと物理的に峻別して特定することは極めて困難であると認められるから、原判決が本件ハードディスク全体を一個のわいせつ物とした判断に誤りがあるとは認められない。

 2 被告人の所意が刑法一七五条にいう陳列に該当することについて

 所論は、要するに、被告人が、わいせつ画像データをコンピューターのハードディスク内に記憶・蔵置させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、電話回線を使用して、パソコン通信の設備を有する者が閲覧可能な状況を設定し、これにアクセスしてきた者に、右データを再生閲覧させた方法は、刑法一七五条にいう「陳列」には該当しない、というのである。

 しかし、わいせつ物を公然陳列したというためには、これを不特定又は多数の者が閲覧することができる状態に置くことをもって足りるところ、本件において、被告人は、わいせつ画像データをコンピューターのハードディスク内に記憶・蔵置させて、ホストコンピューターの管理機能に組み込み、会員が、電話回線を通じてパソコンにより被告人のホストコンピューターのハードディスクにアクセスしさえすれば、いつでも、容易に右ハードディスク内に記憶・蔵置されたわいせつ画像のデータをダウンロードすることなどにより、右データをわいせつ画像としてパソコンのディスプレイ上に顕現させ、閲覧することが可能な状態を作出し、もってわいせつ画像が社会内に広範に伝播することを可能にし、健全な性風俗が公然と侵害され得る状態を作出したものであるから、被告人が、本件ハードディスクを右のような状態に置き、ホストコンピューターにアクセスしてきた不特定多数の会員に、右データをダウンロードさせて再生閲覧させた所為が、わいせつ物の陳列に該当するとした原判決の認定・判断に誤りはない。なお、弁護人は、弁論で、本件においては、典型的なわいせつ物公然陳列罪の特徴として認められる陳列と観覧の「同地性」や情報伝達の「同時性」がみられないから、同罪は成立しないと主張するが、本件においては、被告人によって前記のとおり健全な性風俗が公然と侵害され得る状態が作出されている以上、陳列という要件は満たされているというべきであって、所論の「同地性」や「同時性」が、同罪成立のための必要不可欠な要件になるものと解することはできない。また、本件所為が陳列に該当するとして、わいせつ物公然陳列罪の成立を認めることが、弁護人が弁論で指摘するように事後法の禁止や法律主義の原則に反するなどといえないことは明らかである。
 さらに、所論は、本件ハードディスクにつき電話回線を使用して閲覧可能な状況を設定したことに加え、わいせつ画像の情報にアクセスしてきた不特定多数の会員らに右データを送信して再生閲覧させ、了知させたことを公然陳列の実行行為の一部としてとらえているが、これは、従来、抽象的危険犯として理解されてきたわいせつ物公然陳列罪を、他者の行為が介在する一種の結果犯と構成するもので、同罪に異質な類型を持ち込む矛盾を犯すものである、という。
 しかし、すでに説示したように、本件におけるわいせつ物公然陳列罪が既遂に達した時期は、被告人が、わいせつ画像データを記憶・蔵置させたハードディスクをホストコンピューターの管理機能に取り込み、会員による右データへのアクセスが可能な状態にした時点であると解すべきであり、原判決が、右のアクセス可能な状態に置いたことのみならず、アクセスしてきた不特定多数の者に右データを送信して閲覧させたことも認定、判示しているのは、それが既遂に達するための不可欠な要素であるとして判示したとみるべきではなく、本件において被告人がわいせつ物を公然陳列したという犯行態様を、その犯情にかかわる結果部分を含め、具体的に認定、摘示したに過ぎないとみるのが相当である。したがって、原判決の右認定が、同罪を所論のような結果犯と構成したものとは認められないから、所論はその前提を欠いており失当である。

3 被告人が責任を負うわいせつ画像データの範囲について

 所論は、要するに、パソコンネットの会員が、被告人のホストコンピューターのハードディスクにアップロードして記憶・蔵置させたわいせつ画像データについては、被告人は、刑法一七五条の責任を負わない、というのである。

 なるほど、被告人が、本件において、ホストコンピューターのハードディスクに自ら記憶・蔵置させたわいせつ画像データは、約七〇〇ないし八〇〇画像分に過ぎず、残りの約三四〇〇ないし三五〇〇画像のデータについては、会員が、自らのパソコンを使用して、電話回線で被告人のホストコンピューターのハードディスクにアップロードしてきたものと認められる。しかし、関係証拠によると、被告人は、平成五年一一月中旬ころ、自己が所有、管理するホストコンピューターの中に、わいせつ画像データ四〇ないし五〇画像分が会員からアップロードされ記憶されているのを知り、コンピューターネットを通じてわいせつ画像を見せることにすれば、これに興味を示す会員が増え、多額の会費収入を上げることができると考え、ホストコンピューターの掲示板に「画像をアップしてください。」と書き込んで、わいせつ画像データのアップロードを求め、会員のパソコンから、電話回線を通じ多数のわいせつ画像データをホストコンピューターに集めたこと、特に、平成六年春ころから翌七年春ころまでの間は、わいせつ画像データを三〇画像分アップロードした会員には、会費を二か月分無料にする旨の広告をネットを通じて出し、同時にわいせつ画像データを記録してあるフロッピーを「アルファーネット」の事務局に送付する方法でもよい旨の案内を出して、多数のわいせつ画像データを集めたこと、その上で、被告人は、右案内に基づき会員から事務局に送付されて来たフロッピーから、わいせつ画像データをホストコンピューターのハードディスクに登録し、会員からアップロードされたデータと一緒に、集めたわいせつ画像データをその種類等に応じてハードディスク内部で分類、整理し、自ら案出した説明文等もファイルデータに付記した上、これらのわいせつ画像データをアクセスしてきた多数の会員によるダウンロードが容易な状態に置いたこと、これらの作業と併行して、被告人は、平成五年一二月にネットの会費を有料とした後、ニフティーサーブの掲示板に「超Hな画像があります。」と三、四日に一度の割合で書き込んで広告を出し、以後逮捕されるまで、ネットを通じてわいせつ画像の閲覧を希望する会員を募集し、入会した会員にこれらのわいせつ画像データを提供し、わいせつ画像の閲覧をさせ続けていたこと、しかも、被告人は、本件ハードディスク内に記憶・蔵置されたデータの概数を把握し、その内容がわいせつ画像のデータである蓋然性を認識していたこと等が認められる。以上にみられる本件犯行の動機、わいせつ画像データの収集方法、被告人のホストコンピューターのハードディスク内でのわいせつ画像データの管理状況及び宣伝広告を初めとするネットの運営状況等に照らすと、被告人が、自らホストコンピューターのハードディスク内にアップロードして記憶させたわいせつ画像データのみに止まらず、会員をしてハードディスク内にアップロードさせたわいせつ画像データについても、これらを会員に閲覧させ収益を上げるという自らの用途に資する目的で、ハードディスクに蔵置させ続け、会員がいつでもアクセス、ダウンロードして閲覧することが可能な状態にしつつ、これを積極的に管理していたものと認められるから、被告人は、右わいせつ画像データ全部について、わいせつ物公然陳列罪の責任を免れないというべきである。
 さらに所論は、原判決は、被告人がユーザーからアップロードされたわいせつ画像データの存在を知りながら、それらを削除しなかった不作為を被告人の責任の根拠としているが、ハードディスク上のファイル管理という技術レベルでの管理を根拠に、ユーザーがアップロードした情報内容全般について、被告人を「情報の番人」として位置付けて、削除という作為義務を認めるべきではない、という。
 しかしながら、本件においては、すでに認定、説示したとおり、被告人は、単に会員が勝手にアップロードしていたわいせつ画像データをそのまま放置していたものではなく、それらを自己の用途に資する目的で収集した上、分類、整理し、その宣伝を行って、会員を募集するなどしつつ積極的に管理していたのであるから、会員らがアップロードしてきたわいせつ画像データをハードディスクから削除しなかった被告人の不作為のみを問題とする所論は、本件において被告人が果たした役割を適切に評価しておらず、前提事実を異にしているから、原判決に対する適切な論難には当たらない。

 その他、所論は、原判決の認定、判断をるる論難するが、いずれも原判決のそれを左右するに足るものではない。

 論旨は理由がない。
 よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

  平成11年8月26日

   大阪高等裁判所第五刑事部

      裁判長裁判官  福島 裕

         裁判官  樋口裕晃
         裁判官  井上 豊

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