わいせつ画像メール添付事件

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横浜地方裁判所川崎支部、平成12年(わ)第639号わいせつ図画販売被告事件、平成12年7月6日判決(確定)

平成一二年七月六日宣告 裁判所書記官坂元倫子

平成一二年(わ)第六三九号わいせつ図画販売
平成一二年(わ)第二九号電磁的公正証書原本不実記録・同供用
平成一二年(わ)第一五一号、同第一八六号業務上横領

   判   決

本籍 仙台市*****

住所 秋田市*****
   無職
         T
            昭和**年*月**日生

   主   文

 被告人を懲役三年に処する。

 未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

   理   由

(罪となるべき事実)

 被告人は、

第一 (略)

第二 (略)
第三 インターネットにおける電子メール・システムにより、不特定多数の者にわいせつな画像を販売しようと企て、平成一一年四月上旬ころ、インターネット上にホームページを開設して陰部を巧みに隠すなどした女性の裸体写真等を掲載し、無修正のわいせつ画像を電子メールで販売する旨の告知をし、別表二記載のとおり、同月中旬ころから同年一〇月上旬ころまでの間、被告人が開設した指定銀行口座に代金を振り込んだ東京都保谷市*****ほか七名(以下「K」という。)に対し、九回にわたり、女性の陰部等を露骨に写真撮影したわいせつ画像のデータを、電子メールの添付ファイルとして、秋田市*****の***一〇一号被告人方に設置したパソコンから、Kらが同表記載の各住居に設置したパソコンで再生閲覧可能な各受信用メールサーバーに送信し、もって、わいせつな画像合計三七八画像を含む合計六七一画像を代金合計三万九〇〇〇円で販売し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

 第三の事実について、弁護人は、被告人が送信した画像データは有体物ではないから「わいせつ図画」に該当せず、被告人の行為はわいせつ図画販売罪(以下「本罪」という。)の構成要件に該当しないと主張するので、この点について検討する。

 本罪の保護法益である健全な性風俗は、情報の化体した媒体が「物」であるか否かにかかわらず、わいせつな情報内容によつて侵害されるはずである。にもかかわらず、従来、「わいせつな文書、図画その他の物」の構成要件として有体物であることが必要であると考えられた理由の一つは、ストリップ・ショーのように、わいせつな視覚情報を陳列などする行為であつても、提供される情報が媒体に化体されず、その場限りで消えていく場合には、そのわいせつな情報自体に伝播可能な固定性がなく、性風俗の侵害の危険性が本罪の予定する程度に至らないから、法定刑の軽い公然わいせつ罪にとどまるという事案との限界を画する意味があったと考えられる。すなわち、わいせつ情報が有体物という媒体に固定されてこそ、その情報が同一性を維持したまま繰り返し再現可能となり(著作権法二条三項参照)、本罪の予定する性風俗の侵害の危険が発生すると考えられ、わいせつ情報が有体物という媒体から離れたまま同一性を維持して伝播し、性風俗を侵害するという事態を技術的に想定していなかったためであると考えられる。ところで、被告人方のパソコンに記録、保存されたわいせつな画像のデータは、インターネットの電子メール・システムにより、同じ形で送信先の受信用メールサーバーに送られ、その受信メール・アドレスを有する者のパソコンのディスプレー上に同一の画像として再生可能な状態となるものである。このようなシステムが社会一般に普及してきた状況のもとでは、いわば電子メール・システム全体がビデオテープのように情報の媒体としての機能を果たし、わいせつな画像データが有体物に化体されたのと同程度の固定性・伝播性を有するに至っているといえる。もちろん、電子メール・システムという媒体がなければ本件画像データは同一性を維持したまま伝播しうる固定性を保つことができないから、このシステムから離れて、本件画像データそれ自体が「わいせつ図画」に該当すると解することはできないが、本件画像データがインターネットにおける電子メール・システムという媒体の上に載っていることにより、有体物に化体されたのと同視して「図画」に該当すると解することは可能であり、合理的な拡張解釈として許されると解する。

 有体物性を要求する第二の理由として、有体物でなければ所有権の移転を観念できないから「販売」の概念があいまいになることが考えられるが、以上のような構成をとれば、画像データの載っている媒体自体の所有権の移転はないが、電気的信号である画像データの移転は観念することができるから、所有権の移転としての「販売」の構成要件をあいまいにするものではないと考える。

 弁護人は、本罪には「電磁的記録」が構成要件化されていない反対解釈として、単なる画像データは「図画その他の物」に含まれないと主張するが、刑法上の「電磁的記録」は、情報が保護の対象又は侵害の対象となる犯罪類型について規定されているもので、本罪のように、情報自体が法益侵音の直接の手段となる犯罪類型に対しては、構成要件を限定する意味を持たないと解する。以上により、本件画像データは、インターネットにおける電子メール・システムを媒体とする「わいせつ図画」に該当するものと解するのが相当である。

 なお、本件は、プロバイダのサーバーコンピュータにわいせつな画像を蔵置することなく、自己のパソコンに保存してあるわいせつな画像のデータを電子メールを利用して直接Kらに送信したものであり、不特定多数の者が本件画像データに直接アクセスすることはできなかったのであるから、予備的訴因である公然陳列罪と構成することは困難であると考える。

 (法令の適用)

一 罰条

(第一の各事実) それぞれ刑法二五三条
(第二の両事実) それぞれ刑法一五七条一項、一五八条一項
(第三の事実)  包括して刑法一七五条前段

一 牽連犯 第二の1、2の両行為につき刑法五四条一項後段、

      一〇条(いずれも犯情の重い不実記録供用罪の刑で処断)
一 刑種選択 第二、第三につきいずれも懲役刑を選択
一 併合罪加重 刑法四五条前殺、四七条本文、一〇条(犯情の重い別表一番号6の罪の刑に加重)
一 未決勾留日数算入 刑法二一条
一 訴経費用の不負担 刑事訴訟法一八一条一項但書

(量刑の事情)

 本件は、レンタカー料金の未払いの回収業務に従事していた被告人が、***なる暴力団関係の会社に対する料金の回収を担当した際、脅しをかけられ、その紹介先にリースした料金が焦げ付いたことをきっかけに、勤務先の商品である賃貸用車両を長期間に渡って横領売却し、犯行が発覚するや、暴力団と逃走した上、他人になりすますために他人の住民登録を自己の居住地に移して他人の名前を語り、更に逃亡生活の資金を確保するためにわいせつ画像を販売していたという事案である。犯行が長期かつ巧妙で、暴力団の資金源に寄与した点で悪質である上、勤務先の売却された車両はいずれも未還付で被害弁償はされていないなど、被告人の刑事責任は重い。

 しかし他方、被告人はまじめに勤務する普通のサラリーマンであったが、勤務上のトラブルから暴力団に巻き込まれ、これに利用された面があり、横領行為による被告人自身の利得はほとんどなかったと認められること、住民票の不実記載とわいせつ図画販売の各行為は、暴力団の追跡を逃れようとして敢行されたものであること(知りすぎた者として殺される可能性をほのめかされていた)、被告人には前科前歴がないこと、本件を深く反省し社会復帰後、家族のもとに帰ってまじめに働くことを誓っていることなど被告人に有利な事情を考慮すれば、主文のとおり量刑するのが相当である。

(出席検察官中村葉子、求刑懲役四年、弁護人中野和明)

平成一二年七月六日

        横浜地方裁判所川崎支部刑事部

                裁判官 中島 肇

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